小さな貧乏サンタ

かごのぼっち

貧乏サンタの小さなおくりもの

 あしたはクリスマスだ。


 普通クリスマスと言えば、ごちそうにケーキにプレゼントと、嬉しいが盛りだくさんあってワクワクするもんだろう?


 だけど


 僕の家には無縁のイベントだと言える。

 なぜって、僕の家は貧乏だからさ。


 母子家庭の収入をなめちゃいけない。

 母ちゃんは、生活費を切り詰めて、僕の学費を稼がなきゃならない。僕はいま中学二年生だけど、母ちゃんはせめて高校までの学費くらいは捻出すると言ってくれた。

 だから僕は贅沢は言わない。お小遣いも要らないし、塾だって行かないし、携帯だって持たない。

 もちろん家事も手伝う。子どもがそこまでする必要ない? これだから貧乏を知らない人とは話が合わないのさ。

 母ちゃんの仕事は介護の仕事。介護の仕事がどんなだか知らない人に、何が分かるとも思えない。僕は爺ちゃんが亡くなるまで、母ちゃんの介護を、目の当たりにして観てきたから判るんだ。並大抵の体力、精神力では出来ないだろう。

 そんな母ちゃんが仕事から帰って家の仕事をするとどうなると思う? 過労で倒れてしまうだろ? 僕はそんな母ちゃんの負担を少しでも減らして、家ではゆっくりと休んでもらうために家事を手伝っている。


「まこと、いつもありがとうね!」


 母ちゃんのひと言で、僕は頑張れた。


 そんなわけだから


 僕の家にはクリスマスなんてないし、サンタクロースなんて居ないことも知ってる。いつも通りの日常がそこにあるだけさ。


 だけど


 最近の母ちゃん、何だか少し元気がないんだよ。


 職場で何かあったのか。それとも、どこか体調でも悪いのか。母ちゃんは聞いても何も教えてくれないし、決まって作り笑顔でごまかすんだ。

 作り笑顔も常習化すると、固まってくることを母ちゃんは知らない。母ちゃんの疲れた笑顔なんて見たくないのにさ?


 そこで、だ。


 あしたはクリスマスだろう? 母ちゃんへこそ、何かプレゼントを贈ろうと思う。


 かと言って、気の利いたものは贈れない。なぜってうちは貧乏だからさ。先立つものが無ければ大抵のことはできない。

 よのなかの金なんだなぁ、なんて、しみじみ思い知らされるもんさ。


 でも、人を喜ばせるのは金じゃない。


 僕は冷蔵庫を覗いた。卵がワンパックある。他にも牛乳や調味料なんかはあるけど、食材と呼べるものはない。

 冷凍庫も覗いてみたが、冷凍の刻みネギがあるくらいだ。

 他にはお米と乾物のカツオ節や昆布、乾燥ワカメ、干し椎茸、ゴマなど、日持ちするもがある。


 そこで僕は、SNSで知り合ったKさんに相談したところ、いくつかのアイデアをもらった。

 ん? 携帯なんて持ってないだろうって? 母ちゃんの古くなった携帯のお下がりをタブレット代わりに使っている。通信料? そんなものは無料ワイファイがあるだろう? すぐにバッテリー切れになるのが玉にキズだが。


 母ちゃんを喜ばせるための『ごちそう』を作ることにした。


「みてろよ母ちゃん。本当の笑顔ってもんを思い出させてやるぜ!」


 ⋯⋯声に出てた。


 言っておくが、僕は別にマザコンてわけじゃないからなっ!?


 はあ。


 この日、僕はまず、卵を二つビニール袋に入れて冷凍した。


 クリスマスの朝、母ちゃんが仕事に出かけたあと、冷凍しておいた卵を取り出してタッパーに移して解凍。黄身だけ取り出して醤油とみりんを混ぜたものに漬け込んだ。


 これで仕込みはオッケーだ。あとは学校から帰ってから母ちゃんが帰るまでの勝負だ。


 ガチャリ、ガララ⋯⋯。


「ただいま」


 ん? 返事なんてあるわけないだろう?


 鍵をあけたのだから誰もいないのは当たり前だ。逆にいたら怖い。母ちゃんが先に帰ってないかを確認したんだよ。

 僕は冷え切った部屋にカバンを置くと、さっそく台所へ向かった。台所と言ってもうちの家は1DKだ。システムキッチンなんて想像しないでくれよ?


 さあ、始めよう、貧乏クッキング!


 昆布と椎茸を水に浸して戻しておく。


 僕はお米をザルで研いで土鍋に入れて水に浸すと、昆布とお酒を少量入れてコンロに置いた。火をつけるのは母ちゃんが帰って来るであろう一時間前がベストだ。蒸らしの時間まで考えた計算だ。

 ご飯くらいは美味しく炊ける自信がある。なんせ、母ちゃん直伝だからな!


 その間に、干し椎茸を刻んで、フライパンで軽く炒る。香りが立ってきたところで火を消し、冷めたところをフードプロセッサーに入れる。塩と合わせれば椎茸塩の出来上がりだ。良い香りがする。


 先ほどの戻し汁を火にかけて、沸騰したら火を消してカツオ節を投入。冷めたらカツオ節を濾して醤油とみりんを入れてひと煮立ちさせる。これで万能麺つゆの出来上がり。


 さて、土鍋に火をつけようか。煮立ったら火を消すだけの簡単調理だ。


 え? 出しを取ったカツオ節と昆布は捨てないよ? 戻した椎茸だって当然使う。


 昆布を細かく刻んで、カツオ節と合わせて砂糖、醤油、酒、みりん、水で水気がなくなるまで煮て炒りごまを合わせれば佃煮の完成だ。とっても良い香りがする。


 さあ、母ちゃんが帰る時間が迫っている。


 鍋に出汁をはり、乾燥ワカメを入れてひと煮立ちさせ、鶏がらスープの素を入れて先ほどの戻した椎茸を刻んだものを投入。タッパーに取り置いた白身をまわし入れて火をとめる。香り付けにごま油と胡椒を少々。


 ご飯を混ぜて蒸らしておかなくちゃ。


 ガラリ。


「ただいま⋯⋯」


 来た!


「母ちゃん、おかえり!」

「まこと、ごめんね? すぐにご飯作るから、ちょっと待っててくれる?」

「ううん、ご飯ならもう用意できてるよ!」

「えっ? そう言えば⋯⋯なんだかいいにおい」

「仕上げるから着替えて来なよ」

「まこと⋯⋯そう、わかったわ!」


 さあ、母ちゃんが部屋着に着替えてるうちに仕上げだ。

 僕も母ちゃんの赤い帽子とマフラー、そしてティッシュで作った付けひげをつけてサンタクロースを演出する。


「おまたせ、まこ──っ!?」

「メリークリスマス!!」


 目を丸くして驚く母ちゃん。

 プッと噴き出して。


「わははははは! 可愛いサンタさんねぇ!?」


 よし、笑ったね。


「なんだよ、これでも去年より二センチも伸びたんだぞ!」

「うふふ♪ それで? ご飯はなにかなあ? 冷蔵庫に何も無かったでしょう?」

「うん。でもちょっと贅沢なごちそうだよ。ほら!」


 僕はテーブルに今日作ったものを並べた。


「えっ⋯⋯卵かけご飯?」

「そうさ。でも、ただの卵かけご飯じゃないからね? よく見て?」

「ん? うわっ!! あんたなんてことを!!」


 炊きたてのご飯からは湯気が立っていて、その中央のくぼみには卵が鎮座している。周囲にはカツオ節と刻みネギが散らしてあるのだが。


「卵黄が二つ!? この卵、二卵性だっけ!?」

「そんなわけないよ。贅沢にって言ったでしょ? 卵黄だけもうひとつ乗せたんだよ!」

「確かにこれは贅沢だわ。背徳感すら感じてしまう! あんたまさか、白身捨てたんじゃ──」

「──そんなわけないっしょ! ちゃんとあるよ」

「ほっ。なら良かったわ。それにしてもご飯、きれいに炊けたわね?」

「いつも母ちゃんの見てるからね! さあ、冷めないうちに食べようよ! 卵かけご飯にはグチャグチャに混ぜないで、ザックリ混ぜてね? そして初めはコレ、かけてみて?」

「何これ?」

「椎茸塩。軽く炒ってるから香りが良いでしょ? トリュフまではいかないけどね! 知らんけど」


 卵を軽く混ぜてから、椎茸塩をパラリ。そこをすくって口に運ぶ母ちゃん。


「何これ!! うんま!!」


 ああ、それだ。その笑顔だよ、母ちゃん!


「あっ! だめだめ! 麺つゆもあるし、おかずもあるから。味わって食べて?」

「おかずって、これは⋯⋯え? これも卵黄?」


 そう言って母ちゃんは、小皿に添えて出したモノを箸でつまみ上げた。


「そう。卵黄の醤油漬け」

「すごい⋯⋯黄身がもっちりしてる。どうやって作ったの?」

「卵を凍らせておいたんだよ」

「いつの間に⋯⋯うわ、これ、全然おかずになる!! うんま〜い!」


 ふふん。満面の笑顔、いただきました!


「へへ。それじゃあ、コレも食べてみて?」

「コレはわかる。佃煮ね⋯⋯あれ? でも佃煮なんてうちに無かったわよね?」

「出汁を取った昆布とカツオで作ったんだよ」

「いやいやいやいや、作ったの!? あ、これも卵かけご飯のお供に最高!! ゴマの香りがまた食欲そそるわね!!」


 コト。最後は椀物だ。


「ワカメスープ?」

「う〜ん、ワカタマ? 卵白と椎茸も入ってるから」

「ゴマ油とワカメの良い香り! いただくわね!」


 ズッ、とひとくち口に含んだ。


「ああ、冷えた体が温まるわね。何よりとっても美味しいわ? ワカメと椎茸が美味しさを底上げしてるのねぇ」


 母ちゃんが目を細めてニマニマと気持ち悪い笑顔になり始めた。


 これはいけない!!


「あっ、こら、待ちなさい!!」


 ワシッと服を掴まれて引っ張られる。まだ中学生で小柄な僕は、力仕事もする母ちゃんの腕力には抗えない。


「逃がすもんですか! ブチュ! ブチュ! ブチュ〜!!」

「やめっ、やめてくれ、母ちゃん! 僕はもう中学生なんだぞ!?」

「そんなもん構うもんですか! ぎゅ〜!!」

「うぎゃー!! 誰か助けてー!!」


 ⋯⋯。


 あれ? 母ちゃん?


「ありがとうね、まこと⋯⋯ズズッ」

「何だよ母ちゃん。お礼を言うのはこっちだよ。いつも僕のために頑張ってくれてんだからさ。今日はクリスマスだからな? 小さなサンタからのおくりものだよ! いつもありがとう、母ちゃん!」

「バカね⋯⋯逆よ。グス⋯⋯クリスマスは子どもにプレゼントをあげるものなのよ? そんなことも知らないの? バカまことおおおおお⋯⋯」


 僕の服で涙と鼻水拭くのやめてくれないかな?


 ⋯⋯。


「よし。私もプレゼントする!」

「え? いいよ。気持ちだけで十分だから、ね?」

「はん、子どもがナマ言ってんじゃないわよ! あんたに出来て、私に出来ないわけないじゃない!」

「余計なことに金使うなよ!」

「へ? 使わないわよ?」

「へ?」


 そう言うと、母ちゃんは冷蔵庫から牛乳を取り出し、少し残して耐熱皿へと移した。


「何すんの?」

「わからない?」

「うん」

「まあ、見てなさい?」


 母ちゃんは牛乳に酢を入れると、電子レンジへ入れた。こまめに取り出して、混ぜて様子を見ては、レンジへ入れるを繰り返している。


「よし、分離したわね」

「何だかモロモロしてるね?」


 ボールにザルをセットして、キッチンペーパーを敷いて流し入れた。


「これはしばらく放置」


 とり置いておいた卵白を取り出して、ボールに移すとグラニュー糖を加えて、攪拌器を使って撹拌し始めた。さすが母ちゃん、非常に手際がいい。あっという間にメレンゲ状に仕上がった。


「よし!」


 先ほどの牛乳を濾したものに塩を入れてゴムベラで混ぜ始める。


「はい、なんちゃってクリームチーズ!」


 それを攪拌器を使って滑らかにしてゆき、残しておいた牛乳を入れてさらに滑らかにしてゆく。

 サラダオイル、はちみつを加えてよく混ぜ、振るった小麦粉を加えて混ぜ合わせると裏ごししてゆく。

 メレンゲを三分の一づつ加えて混ぜてゆき、型に流し込んだ。


「よし、あとはお湯を張って焼くだけ!」


 焼き上がってもすぐに出しちゃダメなんだって。しぼんじゃうらしい。


 焼いてる間に母ちゃんの肩叩きだ。これはほぼ日課だが、クリスマスだからって休んだりしない。


「まこと」

「ん?」

「母ちゃんと結婚する?」

「しねーよ!」

「おはは! そりゃそうよね。私みたいなオバサン、あんたにはもったいないもんね」


 そう言うと下唇突出して拗ねた。なんだよ。うざ絡みか? 七面倒くせぇ。


「バカ言えよ。見た目詐欺じゃねえか。とても三十過ぎには見えねえよ」


 僕は母ちゃんが高校生の時に出来たらしい。たから、他の親と比べると若いわけだが、いまだに高校生と言っても通用するレベルだ。


「じゃあ、結婚する?」

「しねーよ!」

「ふふふ♡ あんたさぁ、彼女出来たら家に連れてきなよ」

「こんな貧乏くせぇ家に来てくれるかよ」

「じゃあ、私と結婚する?」

「しねーよ!」


 ぎゅ。


「あんたはきっとモテる。私が保証する」

「そんなこと、どーだっていい。僕はしっかりと勉強して調理師になるんだ。高校に入らずに専門学校かどこかのお店で修行しようかと思ってるんけど⋯⋯」

「う〜ん⋯⋯。いんや、高校には行きなさい? 社会人になるとね、遊びがなくなるの。だからあんたには高校に入ってほしいの。勉強も遊びも全部頑張りなさい。バイトも部活も恋愛も全部やりなさい。もし、入ってみて、そのうえで行く価値がないと判断したら辞めたらいいわ? あなたの人生はあなたのものよ。でも、私は親としてあなたを人生の軌道を考える責任がある。若いうちはいつからだってやり直せるんだから、一度は高校に行きなさい。ね?」


 母ちゃんは高校生で僕を産んだけど、結婚もせずに僕を育てながら、1年遅れで卒業した。

 母ちゃんは父ちゃんのことを話さない。

 幼い頃は気になったけど、今はどうでもよくなった。話す気になったらいつか話してくれるだろう。オトナの事情ってやつは、子どもは知らなくていいことも多いのだ。


「母ちゃんは好きな人、いねーのかよ?」

「まこと♡」

「ばっ! バカ!」

「さあ、そろそろだね? ほ〜ら見て〜? ふわっふわ!!」


 フルフルと見ただけでわかるくらいに柔らかそうなスフレケーキだ。


「美味しそう! すげーな! 卵白と牛乳だけでケーキが作れるなんて!」

「ふふふ、でしょ?」


 豪快にお皿にドンと乗せると、そのまんまテーブルに置いた。


「何だよ、切らねーの?」

「うん、このまま一緒に食べよう。洗い物も少なくて済むし」

「そうだな」


 母ちゃんはケーキにフォークを突き刺すと、豪快にすくいあげた。やる気だな?


「はいまこと、メリークリスマス!!」


 僕もケーキをすくいあげて乾杯する。


「うん、メリークリスマス!! あっ⋯⋯」


 僕のケーキを母ちゃんが食べてしまった。


「僕の⋯⋯」

「あんたのはこれ、あ~ん!」

「いやっ、自分で食えるしむぐぐ⋯⋯」


 強引に押し込まれた。


「どう?」

「んもう!」


 とても柔らかくて滑らかだ。口溶けが良くていくらでも食べられそう。


「うまい!」

「良かった! はい、あ~ん!」

「だから、自分で食えむごご⋯⋯」


 母ちゃんには敵わない。


「まこと」

「んだよ?」

「ありがとね?」

「ううん」

「大好きよ、私の可愛いサンタさん♡」


 大人にはオトナの事情があって、きっと子どもの僕にはわからないことも多い。

 母ちゃんがこのところ、なぜ元気がなかったかは知らない。

 でも、子どもの僕だってできることもある。


 母ちゃんを笑顔にさせる。


 僕が得意とするところだ。

 母ちゃんにはこれからもっと笑ってもらわないと困るんだ。じゃないと僕が心配で独り立ちできやしない。


 僕には僕の人生があるように、母ちゃんには母ちゃんの人生があるのだから。

 母ちゃんにはもっと笑ってほしい。


 せめてクリスマスの夜くらいは、ね?





   🌟Happy Christmas!!🌟







      おしまい

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