第10話 レンとショッピング

 スマホを手に取って、短く打つ。


隼人

『レン、ショッピング行くぞ。文具と服な』


 送信してから、画面を伏せて少し待つ。

 すぐに既読がついた。


『え、急だね。でも行く!どこ集合?』


隼人

『駅前。昼過ぎで』


『了解!』


 それだけで話は決まった。


 約束の時間、駅前でレンと合流する。

 私服のレンは相変わらず少し落ち着かない様子で、視線があちこちに泳いでいる。


「人、多いね……」


 エスカレーターを上がると、最初に目に入ったのは文具フロアだった。


「じゃあ、まずは文具からだな」


 そう言うと、レンはほっとしたように頷いた。

 服よりも、こっちのほうが気楽らしい。


 店内には、新学期向けのコーナーが大きく作られていて、ノートやペンが整然と並んでいる。

 色分けされた背表紙、用途別に書かれたポップ。見ているだけで、中学が現実として近づいてくる感じがした。


「和敬って、ノート指定あるのかな」


「最低限だけだと思うぞ。罫線とか、サイズとか」


 レンは棚の前で立ち止まり、AけいとBけいを見比べている。

 真剣な顔だ。


「……どっちがいいと思う?」

「字、細いからBでいいんじゃないか」

「じゃあ、それにする」


 即決だが、ちゃんと納得して選ぶ。

 レンらしい。


 次はペンケース。

 レンは派手な柄のものを一瞬手に取って、すぐに戻す。


「……やっぱ無難なのにしよう」

「中学だしな」


 結局、落ち着いた色のシンプルなものに決まった。

 中身のペンも、必要最低限。使いやすさ重視だ。


 買い物かごが少しずつ埋まっていくにつれて、レンの肩から力が抜けていくのが分かる。

 さっきまで人混みを気にしていたのが嘘みたいだった。


「文具選ぶの、ちょっと楽しいね」

「だろ。最初はこんなもんだ」


 レジを済ませ、紙袋を受け取る。


 文具店を出て、エスカレーターで一つ下の階に降りる。

 フロアの雰囲気が一気に変わって、ガラス張りの店構えとマネキンが並ぶ。


「……次は、服だな」


 俺が言うと、レンは一瞬だけ足を止めた。


「うん……分かってる」


 分かってはいるけど、緊張しているのが丸分かりだ。

 人混みより、こっちのほうが苦手らしい。

 ラックの前で足を止めたレンを、隼人は一歩前に出てから振り返った。


「じゃあ、俺が組むな」

「え、全部?」

「全部」


 服のラックの前で立ち止まったレンを見て、ハヤトは一度だけ全体を眺めるように視線を走らせた。


「じゃあ、これで組もう」


 手に取ったのは、クリーム色のパーカー。

 柔らかい色味で、顔まわりの印象が一気に穏やかになる。


「上はこれ。レンの雰囲気に合う。近寄りやすいし、変に目立たない」


 次に合わせたのは、淡いブルーのデニム。

 細すぎず、動きやすいシルエットだ。


「下は軽さ重視。色が明るいと、全体がちゃんと″春″になる」


 足元には白のスニーカー。

 迷いはなかった。


「ここは清潔感。考えなくていい、白一択」


 最後に、小さめのネイビーのリュックを背中に回してやる。


「淡い色が多いから、背中に締め色。これで完成」


 試着室から出てきたレンは、鏡の前で一瞬固まった。

 クリーム色のパーカーの下で、淡いブルーが軽く揺れる。

 茶色に染めた髪が、動くたびにふわっと跳ねた。


「レン、鏡見ろ」


 鏡を見て、目を見開く。


「……俺、こんな感じになるんだ」

「なる。元がいいからな」


 ハヤトはそう言って、リュックの肩紐を軽く整える。


「派手じゃないけど、ちゃんとしてる。これで十分」


 レンは照れたように笑い、でもどこか誇らしげだった。

 その服装は、無理をしていないのに、確かに変わったことを伝えていた。


「中学デビューって、こういうことかも」


「別にデビューしなくていい。ただちゃんとしてるだけでいいんだよ」


 隼人はそう言いながら、袖を一度だけ直してやった。


「これで行ける。ファッション誌なら、たぶん見開き一ページだな」


 レンは少し照れたように笑って、でもはっきりとうなずいた。


「……ありがとう。なんか、自信出た」


 その一言で十分だった。


「次は俺だな」


 そう言って、俺はラックの間に足を踏み入れた。照明の下で並ぶ服は、色も形も主張が控えめで、視線が自然と流れる。ネイビーのショートコートを手に取ると、鏡の前で軽く肩に掛けた。


 「それ、似合いそう」


 レンが素直に言う。声に迷いがないのがいい。


 コートを羽織り、前を開ける。中はチャコールの薄手ニット。光を吸う色合いが落ち着きを作る。次に濃紺のスラックスを合わせ、裾の落ち方を確かめる。足元は黒のレザースニーカー。派手さはないが、線がきれいだ。


 鏡の中の俺は、年相応より一段静かな顔をしていた。近づけば子ども、離れれば大人。狙いどおりだ。


 「どうだ」


 「……急に大人だね」


 レンの言葉に、店員が小さく頷く。サイズ感を微調整して、袖を一折り。時計を一本添えるだけで、全体が締まった。


 試着室を出ると、通路の向こうから視線が流れてくるのを感じる。騒がしくはない。ただ、見られている。


 「決まりだな」


支払いを終え、そのまま買った服に着替えて店を出るとき、ガラスに映る二人を一瞬だけ見る。

レンの柔らかさと、俺の静かな色合いが、ちょうどいいバランスだった。


「……レン、ちょっと立ってみろ」

「え? なに?」


 通りの端、光のいい場所に立たせてスマホを構える。

 クリーム色のパーカーに淡いブルーのデニム、白いスニーカー。

 作りすぎてないのに、ちゃんと決まっていた。


「そんな緊張するな。普通でいい」

「普通が一番難しいんだけど……」


 シャッター音が軽く鳴る。


「……どう?」


 画面を見せると、レンは目を瞬かせた。


「これ、俺? なんか雑誌みたい」

「だから言っただろ、似合うって」


 照れたように視線を逸らすレンを見て、俺は言う。


「次は俺だな」


 ネイビーのショートコートを整えて立つと、今度はレンが真剣な顔で構えた。


「……はい、撮るよ」


 二回シャッターが切られる。


「ハヤト、大人っぽい」


 撮った写真を見るといい感じだった。


「このまま街でぶらぶらしようぜ?」

「うん、いいね」


俺たちは街へと繰り出した。

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