第9話 春休み

 遥香さんとのデートから数日たった。

 指で数えられるくらいの時間しか過ぎていないはずなのに、体感ではもう少し長く感じる。


 朝起きて、カーテンを開ける。

 街は相変わらず静かで、いつもと変わらない。


 洗面所で顔を洗いながら、ふと思い出す。

 美術館で一緒に歩いたこととか、カフェで交わした、取り留めのない会話やベットで見せた表情なんかを。

 頭の中に強く残ってる。


 遥香さんとは、時々メッセージをやり取りする。

 長文でもないし毎日でもないけど、その距離感がちょうどいい。


 レンとは相変わらずトレーニングを続けている。

 公園を走って、家で軽く筋トレをして、軽く雑談するぐらいだろうか。


 もうすぐ和敬中学校に入学かぁ……

 結婚相手は見つかるだろうか? まぁ結婚したいと言えば寄ってくるのがこの世界の女性だ。だがどうせならお金持ちの上に美人が良い、高望みしすぎか? いやこの世界前世の基準の美人はざらにいる。可能性はゼロじゃない。


 まぁ美人ならばパートナーにするし、なんなら結婚しても良いわけだし、極論好みなら全校生徒を嫁にしたっていいのだ。


 この世界は基本結婚してしまえば旦那は働かなくてもいいそうだ。要するにヒモなのだが。遥香さんとも結婚する予定だし、後2,3人と結婚してしまえば生活で苦労することはない。

 そう考えると別に金持ちじゃなくてもいいような気がするが、俺が遊ぶことでパートナーにあまり負担をかけたくはない。お金持ちだとその負担が少なくていい。その方が気兼ねなく遊べそうだ。


 人生は長いのだどうせなら楽しみたい。出来るなら豪遊とかもしてみたい。おいしいものを食べて、美人とエッチして遊びまくりたい。それを叶えてくれる相手を探しているのだ。


「お腹すいたなぁ、何かあるかな?」


 母さんはいない。最近ほとんど家にいない。

 大きな仕事が入っているらしく、朝早く出て、帰ってくるのは深夜か、日付が変わってからだ。


 ダイニングのテーブルには、書き置きが増えた。


『先に寝ててね』

『明日も遅くなります』

『ご飯は冷蔵庫に入ってます』


 短い文字ばかりで、筆圧も少し強い。余裕がないのが分かる。


 朝のニュースを流しっぱなしにする。


 天気予報が終わり、スタジオの空気が少し切り替わる。


『続いて、来月スタートの新ドラマの話題です』


 その一言で、自然と視線がテレビに向いた。


 画面に映ったのは、見慣れた横顔だった。

 照明に縁取られ、強い意志を宿した目で前を見据える女性──沙織。


『主演を務めるのは、天城沙織さん。大規模なロケとセットを用いた話題作となっています』


 短い予告映像が流れる。どうやら近未来物のドラマらしい。

 重たい扉を開く仕草、誰かに背を向ける背中、張り詰めた沈黙の中で零れる一言。

 家で見る母さんとは、まるで別人だ。


 俺は画面を見つめていた。


『撮影は佳境を迎えており──』


 ニュースキャスターの声が続く。

 昨夜遅くに帰ってきた母さんの疲れた顔が、ふと重なった


 照明の下で、まったく別の表情をしている沙織を見ると、不思議な気分になる。ベットの上ではあんなにかわいいのに。まぁ最近は、忙しくて出来ていないのだが、画面の中で完璧に役をこなしている姿は正直尊敬する。

 役者というのも面白いかもしれない大変そうだがやりがいもありそうだ。そのうちレンとバイトでもしてみようか?

 まぁテレビで見る男性俳優が結構大根役者なのでそのレベルでもいいのなら俺やレンにもつとまりそうだ。


 コーヒーを淹れて、冷蔵庫から母さんが作り置きしていた鶏の照り煮を取り出しレンジで温め、ほうれん草と油揚げのおひたしとご飯と一緒にテーブルに置き食べながらテレビを見る。


『続いては、生活情報です』


 画面が切り替わり、明るいBGMが流れる。


『来週から、各地で中学校の入学準備に関する動きが本格化します』


 制服売り場の映像。

 ノートや通学鞄が並ぶ文具店。

 新しい靴を試し履きする子どもたち。


『和敬中学校を含む一部の学校では、来年度から通学ルールの一部が変更される予定です』


 聞き覚えのある校名が出てきた。


『初年度は混乱を避けるため、柔軟な運用が行われるとのことです』


 インタビューを受けているのは、教育委員会の担当者。

 難しい話を、できるだけ噛み砕いて説明している。


 テーブルの上のマグカップから、湯気がゆっくり立ち上る。


 さっきまで映っていた母さんの張り詰めた表情とは違って、

 今度は「これから始まる日常」の映像だ。


『新生活に向けて、準備は早めに進めておくと安心ですね』


 そう言って、キャスターは軽く笑った。


 リモコンに手を伸ばし、チャンネルを切り替える。

 画面が一瞬暗転して、にぎやかな音が流れ込んできた。


 朝のバラエティ番組だ。

 スタジオの明るい照明、少し大げさなリアクション、テロップが軽快に動いている。内容は特に気に留めない。芸人が何かに驚いて、出演者同士が笑っている、それだけで十分だった。


 さっきまでのニュースの緊張感が、少しずつ薄れていく。

 母さんのドラマ予告や、将来の話から、意識が日常へ戻ってくる。


 マグカップを手に取り、一口飲む。

 画面の中の笑い声が、部屋の空気を柔らかくしてくれた。


 さて、ご飯も食べ終わったし今日は何をしよう?

 そうだ! せっかくの休日だしレンとどっかに行くか。

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