第4話 初任務③
数本の刃が、鋭く千景の体を貫く。肩、腕、脇腹──血が飛び散る。
「……っ!」
呻き声を上げそうになる唇を必死に噛み締め、千景は前へ体を出す。
傷は深い。
痛みが全身を焼き尽くす。だが、それでも彼女は陽翔の前に立ち続けた。
「大丈夫……! 絶対……守るから……」
陽翔の目の前で、千景の体から血が滴り落ちる。
盾を広げ、剣を振るい、飛び交う刃を必死で弾き返す。
魔法を込めた鉄の盾と剣が、かすかに火花を散らしながら、無数のナイフを受け止める。
筋肉が悲鳴を上げ、血の熱さが体中に広がる。
陽翔は胸が張り裂けそうだった。
「千景さん……!!」
陽翔は咄嗟に駆け寄ろうとした。
「俺もまだやれます!」
陽翔もボロボロで体には限界が来ているのだが
自分のせいで千景が傷つく現実がどうしようもなく
悔しくて根性だけでそう言い放った。
千景はそれに答えるように、痛みをこらえ、必死に顔を上げる。
血に濡れた髪の隙間から、鋭い黄色の瞳が陽翔を見つめる。
「……平気……あんたは、後ろに……」
その声は震えていない。必死に陽翔を安心させようとする
気丈さだけが、そこにあった。
だが、無数のナイフの攻撃は容赦なく続く。
肩、胸、腕、脚、幾本もの刃が千景の体を貫き、鉄の魔法で守っても体の動きも鈍り全ては防ぎきれない。
「……くっ………」
男のナイフが、とどめを刺そうと迫る。
陽翔は体を前に出す。
「やめろ!!」
走り出す、間に合わないことは分かっている。
────だが体が言うことをきかず地面に倒れる。
「くそっ! くそっ! やめろ……!」
その瞬間────────
ドォォォン!!
路地裏を震わせる爆音。
火と煙が舞い上がり、視界が遮られる。
追尾する刃の軌道も乱れ、空気が一瞬にして変わった。
千景は、傷だらけでも陽翔の前に立ち続けたまま、わずかに肩を揺らす。
「……やっと来たのね」
血まみれの瞳に、まだ強さが宿る。
路地に響く爆音とともに、烈が姿を現した。
その表情には、いつもの無邪気さはない。
ぎゅっと引き締まった口元。
瞳は冷たく、しかしどこか焦燥に揺れている。
「てめーがやったのか……おい、ツラ見せろよ」
言葉には静かな怒りと苛立ちが混じり、しかしまだ抑えた声だった。
その視線の先には、路地に散らばる無数のナイフと、敵の姿がちらりと見える。
「……まだ増えるのか」
敵は薄笑いを浮かべ、わらわらと近づいてくる。
どこか軽くバカにしたような態度だ。
烈は一瞬、千景と陽翔の状態を確認した。
ボロボロに傷つき、必死で戦ったであろう二人。
胸を抑え、息を荒げ、血まみれの千景。背中を壁にぶつけながら、呼吸を整えようとする陽翔。
その光景を目にした瞬間、烈の中で抑えきれない感情が爆発した。
「てめぇがやったのかって聞いてんだよ!!」
叫びとともに、烈は両手で巨大なハンマーを振り上げ、敵へ全力で殴り掛かった。
その一撃に、怒りと仲間を守る決意が渾然一体となり、路地に轟音が響く。
「オラァァァ!!」
足を踏み込みハンマーを振り上げ、強烈な一撃を放つ。
地面にぶつかり、響く爆発音が路地を揺らす。
男は素早く身をひねり、壁を蹴って距離を取りつつ、手元のナイフを投げつける。
複数の刃が空を舞い、烈の視界を切り裂く。
烈は体を低く落とし、回転しながらハンマーで刃を叩き落とす。
火花が散り、路地に閃光が走る。
だが、男の動きはさらに速い。左右に跳び、手元から飛び出す刃を正確に制御する。
「こいつ……強え!!」
烈の心に焦りが走る。しかし視線は2人の仲間に向けられている。
千景と陽翔は無事か。
路地の奥で血まみれで立つ千景の姿が見えた。
陽翔も必死に後退している。
「オラァァァ!」
烈は怒りを胸に爆発させ、ハンマーを連続で振り下ろす。
男は鋭いステップでかわしつつ、短剣を放つ。
旋回する刃を烈は弾き返す。
体術と魔法の力を巧みに混ぜた攻防が路地を満たす。
「……ほう、けっこうやるな」
「.……..」
男はわずかに口角を上げ、軽く挑発するように動く。だが烈は無言。
怒りを抑え、冷静に攻撃と防御を繰り返す。
ハンマーの一撃ごとに衝撃が男を押し返す。
刃を避けながら、距離を詰め、路地の隅に追い込む。
「これはどうかな……?」
男が突然、腕を大きく振り上げ、複数のナイフを烈に向かって投げ放つ。
旋回し、追尾性能を持つ刃が烈を狙う。
烈は咄嗟にハンマーを振り、飛来する刃を砕く。
だが体力は徐々に削られ、連続攻撃で息が荒くなる。視界の端に、再び千景と陽翔の姿を確認する。
二人は無事。
この男から逃げるには充分の距離が出来ている。
だが次の瞬間、刃が一気に飛来し、あらゆる角度から烈を襲う。
防ぎながら距離を取る烈。
烈は戦いながら自分一人ではこの男を倒せない事を悟り、攻撃を続けつつも、狙いは二人の安全を確保することに変わっていた。
「……よし、これで……!」
烈は一気に魔力を込めてハンマーを地面に叩きつける。
その衝撃で、周囲に大きな爆発が連続で起こり、粉塵と火花で視界が遮られる。
男は視界が遮られ、何度もナイフを振るった手が空を切る。
「くっ……ちっ……!」苛立ちが声に混じった。
烈はその隙を逃さず冷静に、千景と陽翔を庇う形で距離を取りつつ、爆発の煙に紛れて荒い息を整えながら悔しい気持ちを抑えハンマーを握りしめた。
2人に駆け寄る烈。
「千景……!」
ついに声を上げる間もなく、千景の膝が崩れ、背中から路地の地面へ倒れ込む。
鉄の剣も盾も、重力に引かれるように宙を滑り、路地に無造作に消える。
浅く震える呼吸、しかしその瞳にはまだかすかな意識の光が残る。
烈はすぐに駆け寄り、血まみれの彼女を抱き起こす。
「大丈夫か……!? しっかりしろ!」
烈の声は低く、しかし怒りと焦燥が混ざり合っていた。
「陽翔、走れるか?」
「俺は……大丈夫です! 俺より千景さんを……!」
言葉に迷いはない。悔しさと焦り、そして自分の弱さのせいで千景が傷つき、後悔が込み上げる中、陽翔は必死で後方へ足を踏み出す。
「くそ……!千景しっかりしろよ!」
烈は千景を抱き上げ、その重みを全身で支えた。血で濡れた髪が顔に張り付き、呼吸は荒い。
烈は言葉を飲み込み、血まみれの千景を背負ったまま路地を後退する。煙と瓦礫の中、目標を失った羅刹の目をかいくぐり、慎重に距離を稼ぐ。
「……もう少しだ、千景、頑張れ」
烈の声は低く、静かだが、その奥には怒りと焦燥が滲んでいる。
千景は肩にかけられた状態でも微かにうなずく。
痛みと血の熱さをこらえながらも、仲間を気遣うその瞳には気丈な光が残っていた。
爆煙がさらに濃く立ち込め、路地の視界を完全に奪う。
男は刃を振るうが、どこに敵がいるのか分からず、焦った動きが目立ち、背後で響く羅刹の怒号と刃の音が、三人の心臓を締め付ける。
だが、爆煙と慎重な動きで距離を稼ぎ、ようやく安全圏へと到達する。
千景の微かに開いた瞳と、陽翔の無事な姿を確認し、ようやく胸の奥の緊張が少しだけ解けた。
路地にはまだ煙が立ち込め
戦いの痕跡だけが残っている────。
人に向けて魔法が撃てない俺はニートになろうとしたら底辺クランに入団させられました いぬぬわん @inunuwan_01
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