第4話 初任務②

「……全然いないじゃないのよ」


千景は、苛立ちを隠そうともせず呟いた。


猫の影もない。

烈や陽翔からも連絡はなし。


(ほかの2人は何か手がかりを見つけただろうか…)


スマホを取り出し、烈に電話をかける。


「もしもし?」


『おー千景? こっちも全然みつかんねーぞ』


「はぁ? あんた本当に使えないわね」


『は!? お前はどうなん────』


烈が何か言いかけるが、

千景はそのまま通話を切った。


次。


陽翔。


コール音────1回。


……出ない。


眉が、きつく寄る。


「……?」


もう一度。


2回、3回。


出ない。


(ワンコールで出なさいって言ったでしょ)



そのとき────────

スマホが、短く震えた。


胸の奥に、嫌なものが広がっていく。


「……っ」


反射的に画面を見る。


表示された通知。


〈緊急事態 信号受信〉


地図が開き、赤い点が示される。


路地裏。

人通りの少ない、奥まった場所。


「……冗談じゃないわよ」


千景は、踵を返した。


走り出しながら、スマホを耳に当てる。


「烈、緊急事態!すぐ来なさい!」


『え? なに?何かあっ────』


「いいから!」


通話を切る。


(……無事でいなさいよ)


ツンとした表情の奥で、

焦りが、確かに燃えていた。



────────

すぐに追いつかれ相手の猛攻に、防御が崩れ、陽翔はなんとか間合いを取ろうとするが────


「くそっ……このままじゃ……」


男の猛攻を拳で受け止め、足で踏ん張るが、男の身体能力の前ではもはや意味は無い。


「ぐはっ……!」


一撃一撃が重く、痛みが体に染み渡る。


そして、男がゆっくりと近づき、目の前で鋭いナイフを構えた。


「死ね」


陽翔の目に、刃が光る。

絶望の中で、心が静かに覚悟を固める。

死を、覚悟した瞬間────


鉄の盾が叩きつけられる衝撃とともに、ナイフが寸前で止まった。



「────ったく、死んでないわよね、新人!」


鋭い声と共に、千景が姿を現す。

黄色の瞳が光り、両手には瞬時に鉄の剣とナイフが形作られていた。


「千景さん……!!」


千景が来たことにより安心する陽翔だが状況はまだ何も変わってない。


鉄の剣を握った千景は、路地の地面に軽く足を踏み込み、身体のバランスを整える。


男はフードの奥から冷たい視線を向け、手にしたナイフを次々と投げ放つ。


千景は、魔力を込めた鉄の刃で的確に受け流す。

刃が空中で交差するたび、かすかな光が散った。


その背後で────


「千景さん、気をつけてください!」


陽翔の声が、必死に張り上げられる。


「アイツが投げたもの……追ってきます!」


一瞬、千景の視線が揺れた。


「……追尾?」


次の瞬間。


弾いたはずのナイフが、ありえない角度で軌道を変え、再びこちらへ向かってくる。


「――っ!」


千景は即座に鉄の盾を展開する。


(本当ね……ただの投擲じゃない)


羅刹は微かに眉を寄せ、低く呟いた。


「……鉄魔法か。生成速度も上々……厄介だな」


生成した鉄の短剣でナイフを弾き返し、間合いを詰める。

滑るように踏み込み、鉄の剣を生成し一直線に振り下ろした。


しかし男は、軽やかに身をひねってそれをかわす。

壁を蹴り、反転。

小型のナイフを放ち、視界をかく乱する。


千景は即座に防御へ移行し、鉄の盾を展開する。

飛び交う刃を防ぎながら、距離を詰める。


「……まだ序の口ね」


小さく笑い、鉄の刃を生成する、

剣と盾、ナイフがぶつかる音が路地裏に響き、空気が張り詰めていく。


男は一瞬の隙を見逃さず、鋭い踏み込みで距離を詰めた。


千景の側面へナイフが迫る。


咄嗟に盾で受け止めるが、衝撃が腕に走る。


「……ったく、新人を守るのも大変ね」


歯を食いしばり、鉄の刃を連続で繰り出す。

男も応じ、刃が火花を散らすように交錯する。


互いに呼吸を整えながら、わずかな隙を探る――

その緊張の中で。


男が、わずかに口角を上げた。


手元から放たれた刃が、宙で不自然に軌道を変える。


そして今まで投げられて地面に散らばっていたはずのナイフが再び浮かび上がり陽翔の方を向いた。


「……っ!?」


千景の目が見開かれる。


刃は、意思を持っているかのように標的を失わない。

陽翔の全方位を囲む。


「こんのクソ野郎!!」


千景は叫び、即座に鉄の盾を展開する。

陽翔の前に立ち、防御の壁を作る。


だが、すべてを防ぎきれない。

生成できる鉄の量には制限があり全方位に盾を出すことは不可能であった。


陽翔を守る盾は充分。

だが残った刃が、陽翔を守ろうとした千景へと迫る。


陽翔の視界で、光を帯びた刃が彼女に向かっていく。


「ち、千景さん!」



身体が硬直する。心臓が耳を打つように鳴り、息が詰まる。

叫ぶことしか、できなかった。


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