第2話 暴黒の獅子

二人並んで歩き出す。

朝の住宅街は、出勤前の静けさに包まれている。

さっきの騒ぎが嘘のようだった。


しばらく歩いたところで、素朴な疑問を彼女にぶつける。


「あの……どこへ向かってるんですか?」


「ええ、少し先に建物があって」

「朝でも、人はいます」


彼女がそう答えると、俺は小さく頷いた。


やがて見えてきたのは、年季の入った中層ビル。

外観だけ見れば、特別目立つわけでもない。


だが――

入り口に掲げられたプレートには、確かに刻まれている。


【暴黒の獅子】


俺は足を止め、文字を見上げた。


「……クラン、ですか?」

「.....はい」


胸の奥で、嫌な予感が小さく跳ねた。


「ここ……有名、ですよね」

「えっとえっと、その……はい」

彼女の表情が、少しだけ硬くなる。


「悪い意味で、ですけど」



一瞬、困ったように、申し訳ないように中に入る彼女。

ちょっと腰は引けるが俺も後に続く。

外観からは想像できないほど中は広かった。

古びてはいるが、きちんと手入れされているのが分かる。


「えっと……少し、待っててください」


どうやらこの場所では、顔が利くらしい。


気づけば簡易的なテーブルへ案内されていた。

しばらくして、湯気の立つお茶と小さなデザートが置かれる。


「よかったらこれどうぞ」

「本当に、ほんの気持ちなんですけど……」


「あ、すいません。ありがとうございます」


少し間を置いて、彼女が姿勢を正す。


「……あのあの」

「改めて……」


一度、深く息を吸ってから。


「月島 結菜、です」


ぺこりと頭を下げる。


「ここでは……オーナーをやっていて」

「さっきは、本当に……本当にありがとうございました」


まさかのオーナー。

大体、クランのオーナーって企業の社長とか

クランから独立したり、年齢で引退した人とかが多いが、

彼女にそんな雰囲気は感じない。


「いえ、大丈夫ですよ」

「通りすがりだっただけですから」


そう返しながら、俺も軽く会釈する。


「俺は――」


名前を告げようと、口を開いたその瞬間。


「――おや?」


低く、腹の底に響く声だった。

飾り気はないが、否応なく耳に残る。


声のする方へ顔を向ける。


そこに立っていたのは、一人の男。

長身で、無駄のない体つき。

上着越しでも分かるほど、鍛え抜かれた肉体。

厚い胸と太い腕、どっしりとした立ち姿。

――一目で勝てないと思わされるほどの圧。


派手さはない。

だが、そこにいるだけで空気が締まる。

視線が合った瞬間、背中に冷たいものが走った。


「そちらの方は……?」


静かな問い。

それだけで、この場の流れが男に引き寄せられる。


結菜が慌てて立ち上がる。


「だ、団長……!」


男は軽く顎を引き、こちらを見据えたまま名乗った。


「俺は――近衛 一真」

「【暴黒の獅子】の団長を務めている」


淡々とした口調。

誇示はないが、否定も許さない。


視線が、月島さんへ一瞬だけ向く。


「で」

「うちのオーナーとは、どういう関係で?」


問いは穏やかだった。


月島さんが一瞬、言葉に詰まる。


「……今朝、助けてもらったんです」

「住宅街で、絡まれていたところを」


少し早口になりながらも、必死に説明する。


「本当に、偶然で……」

「この方は、何も知らずに……」


近衛は黙って聞いていた。

表情は変わらない。


やがて、視線が俺へ戻る。


「……ほう」


短く、息を吐く。


「で」

「君の方は?」


静かな声。

だが、逃げ場はない。


「────名前を聞いている」



「赤月陽翔……です」


「へぇ、あの赤月……」


視線は静かだが、どこか重みがある。赤月家の名を知っているらしい。


「どうやら、ウチのオーナーがお世話になったみたいだ。重ねて礼を言わせてくれ。ありがとう」


近衛の口調は淡々としているが、確かに感謝の意が込められていた。


「いえ、むしろこちらこそ、デザートまで頂いてありがとうございます」

少し照れながら返す。


だが、仮にもここはあまり良くない噂のあるクランだ。

長居はしたくない。


「じゃあ俺はそろそろ、この辺で……」

立ち上がろうとしたその時、月島が手を挙げた。


「待ってください! 待ってください! 陽翔さん、よかったらウチのクランに入りませんか!?」


「いやいや、そもそも俺、人に向けて魔法が打てないんですよ。クランに入るなんて無理です」


内心、「ニート」と言うと面倒になるので、そこは伏せておく。


それでも月島は、目をキラキラ輝かせて笑う。


「陽翔さんなら大丈夫です! 魔法を使わなくても充分強いじゃないですか!」


近衛が首をかしげる。


「人に向けて打てないってのは……?」


「ちょっと色々ありまして」

話したくないことは軽く濁す。


「……そうか」

近衛は何も聞かず、すぐに引いた。察してくれたのかもしれない。


だが月島は諦めない。


「でも、陽翔さん、体術すごーく強いんですよ! ぜったいウチの戦力になってくれます!!」


彼女の瞳は希望に満ち、信じきった光を放っていた。


近衛が俺に視線を向ける。


「なら、ちょっと手合わせしてみるか」


「えっ……」

慌てて声が出る。


「いや、俺なんて使い物になりませんって! 魔法も打てませんし、ニートだし────あっ」

思わず勢いに任せて口に出してしまった。


それなら問題ない、と笑う近衛と月島。

近衛は立ち上がり、軽く俺の腕を掴む。


「いいから来い」


抵抗は無駄だと悟り、俺は彼の後をついて行く。


「トレーニングルームがあるから、そこでやろう。そこは団員しか入れない。仮パスを作るから、ここにサインくれ」


差し出された紙に、慌てつつも従ってサインを書く。


近衛は確認して頷く。


「よし、いいぞ。はいれ」


「えっ、そんな早く仮パスってできるんですか!?」

驚く俺に、近衛は軽く笑みを浮かべる。


「いいから、いいから」


そう言われ、俺たちはトレーニングルームへと入っていった。

中に踏み込むと、これから始まる手合わせに、胸の奥がざわつき、逃げだしたくてたまらない気持ちでいっぱいだった。




────────

キャラ紹介


近衛 一真このえ かずま

28歳

身長190cm

体重80kg

高身長でガタイがいい

筋肉えぐい

アゴヒゲ有り

目の色 薄紫 髪 前髪あげてるショートヘア

髪色 黒髪


体術が得意

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