8.「シュル・トゥレット」
入学式から二週間が経ちました。
本日もエリナ様とご一緒――と行きたいところなのですが、あいにくエリナ様は風邪をひいてしまい、本日はお休みです。
エリナ様を思うと心配ではありますが、今はしっかり休んでいただくのが一番ですわね。
そして、エリナ様の代わり……と説明するのは、推しに対して大変失礼ではありますが。
本日、私とご一緒しているのは――
「久しぶりだね……セレスティン。
僕らは婚約者なのに、相変わらず最も近く……そして最も遠い関係だ……」
こうポエムっぽく話すのは、私の婚約者にして、推しの一人――レオナール・ド・クレルモン第二王子殿下です。
どんなポエムでも、推しのポエムならそれだけで全肯定一択。まったく今日も実に素敵なポエムですわ。
本日はレオナール様とご一緒なのですが、相変わらずのイケメンぶりに、つい頬がゆるんでしまいます。
ショタ時代のレオナール様も大変尊かったのですが、やはり
「フフ……」
私を見つめて浮かべるその微笑みは、天使のようでありながら、どこか悪魔的な妖艶さもあって――
私は思わず視線を逸らしてしまいました。
(未だに……レオナール様と目を合わせるのは、七年経っても慣れませんわ……そのせいで、レオナール様から見れば、私はさぞかし冷たい女に映っているのでしょうね……)
今、この行動が、優しいレオナール様の心を傷つけているかもしれないと思うと胸が痛む。
(いえ……レオナール様とエリナ様が結ばれるためには、私がレオナール様にガチ恋なんてあってはならない……今のように距離を取り続けるのが正解のはず!)
私は、己の役目を――ただの恋のキューピット役に過ぎないことを再認識する。
しかし、こうしてレオナール様の隣を歩き続けると、どうしても緊張してしまいます。
そんなとき――
「やあ! セレスティン! 今日もおはようだ!!」
「その声は!? ハァ……またアンタなの? アレクシ……」
暑苦しく、いちいち声がデカい
そう。アレクシがまた私の前に現れやがったのです。
先週出会って以来、事あるごとに彼は自分の所属する騎士団部へ私を勧誘してきます。
彼曰く――
「その才能を活かさないともったいないぞ!!」
とのことです。
そう言われるたびに断っているのですが、彼はまるで諦める気配がありません。
もっとも、アレクシが下手にエリナ様のもとへ行ってフラグを立てられるくらいなら、私のところに来るほうがまだマシ。
そういう意味では、扱いやすいとも言えます。
「ところで――セレスティン、そろそろ心を入れ替えた頃かな? さあ、俺と一緒に騎士団部へ――」
「――入りません。いい加減しつこいですわ」
この問答も何度目でしょう。
言葉だけ聞くとかなりきつめですが、こう見えてアレクシのウザさには、ほんの少しだけ愛嬌も感じています。
本当に、ほんの少しだけ。
体感で言えば、愛嬌5%、ウザさ95%といったところでしょうか。
とはいえ、彼のおかげでレオナール様の隣で凍りついていた緊張がほぐれたのも事実。
そこは素直に感謝しています。
――が、そのとき。
「君……随分と人の婚約者に馴れ馴れしんじゃないか?」
「……!」
「レ、レオナール様……?」
普段の優しい声からは想像できない、低く抑えたドスの効いた声。
眉間にわずかに力を入れ、静かな怒りを滲ませている。
(……え? レオナール様、もしかして怒っていらっしゃる? でもどうして……)
怒鳴るわけでもなく、感情を爆発させるわけでもない。
それなのに、確実に伝わってくる威圧。
こんなレオナール様を見るのは初めてで、場の空気が一瞬にして張り詰めました。
最悪、ここで二人が殴り合いでも始めるのでは……そんな不安が頭をよぎるほどです。
「婚約者? 婚約者とはどういうことだ?」
戸惑った様子で、アレクシが問い返す。
「知らなかったのか? なら教えてあげよう……」
レオナール様は一呼吸おくと――
「彼女――セレスティン・オートは、この僕――
レオナール・ド・クレルモン第二王子の将来の妻となることを約束されている。
ゆえに、君に一定のモラルがあるなら、人の婚約者を軽々しく誘わないでもらいたいものだな!!」
そう、宣言するように言い切った。
――ガッ!
その瞬間、私の右肩を掴み、
「さあ、行こう僕の婚約者。このままでは授業に遅れてしまう」
そう言って、半ば強引に私を引き寄せ、その場を後にした。
心臓が早鐘のようにバクバク鳴っている。
けれど、私はその腕に包まれたまま、ただ授業棟へと歩くしかありませんでした。
「レオナール様……レオナール様……もう大丈夫です」
「……」
呼びかけても、返事はない。
早足のまま、視線は前だけを見つめ、私の肩を掴む手は離れない。
アレクシの姿が完全に見えなくなっても――その手は、いまだに私の肩を掴んだまま。
「レオナール様……少し痛いです」
「……っは!」
私の言葉が、ようやく届いたのだろう。その瞬間、レオナール様の瞳に光が戻った。
「こ、これはすまなかった! セレスティン……!」
慌てて手を放したその表情は、先ほどの威圧感が嘘のような、いつもの優しいレオナール様でした。
「……レオナール様……なぜ、アレクシにあのような言い方を……?」
先ほどの、あまりにも強気な態度。気になってしまい、私はつい尋ねてしまった。
「……あの男には呼び捨てするのか……」
「うん? なにか言いましたか?」
ボソッとなにか呟いた気がしましたが、私の耳にははっきりとは届きませんでした。
「い、いや……。君があの赤髪の男に困っているように見えたから……つい、あのような言い方をしてしまった。君は僕の婚約者。将来の妻となる方を守るのは、僕の務めだ」
真っ直ぐに私を見つめながら、レオナール様はそう言い切った。
(……なるほど……私を守るためだったのですね。名ばかりの婚約者とはいえ、こうして顔を立ててくださるとは……。真面目なレオナール様らしいといえば、らしい……)
私の中のレオナール様としては、解釈一致といえば解釈一致の方。
私はようやく納得し、胸の奥のざわつきが少しだけ落ち着く。
しかし、レオナール様はどこか表情を曇らせ――
「だが……もし彼が君の友人だったのなら、言い過ぎだったかもしれない。あとで謝っておこう」
「いえ、あんな
励ますつもりで少し笑って言うと――。
「……ニックネームで呼ぶほどの仲なのか……」
「うん? なにか言いましたか?」
またしてもボソッとなにか呟いた気がしましたが、私の耳にははっきりとは届きませんでした。
「い、いや……それより、次の教室まではまだ先だ。そろそろ急ごう」
そう言って会話を切り上げ、レオナール様は歩き出す。
私もそれに続き、並んで次の授業へと向かった。
***
次の授業は、校舎の奥まった場所にポツンと建つ棟で行われることになっていた。
その棟の名は――
錬金術や魔法薬の開発、魔道具の試作などを学ぶための専用棟だ。
私にとってイメージしやすいのは、化学系の授業を受けるときに使う校舎、といったところでしょうか。
その棟へ近づいただけで、鼻をつく独特の匂いが漂ってくる。
塩素の入ったプールのような刺激臭、薬草の青い香り、金属が焼けたような匂い――それらが混ざり合った、なんとも言えない匂いだ。
私は平気な方ですが、人によっては、この棟に入るだけで顔をしかめてしまうかもしれません。
「次の授業は“魔法薬の開発”ですね……」
気を引き締めるように、私は小さく呟く。
この授業では、魔法を用いて各自がオリジナルの薬を作成する。
授業そのものに、特別な問題はない。
――問題があるとすれば、ただ一人。
最後の四人目の攻略対象、シュル・トゥレット。優秀な魔法使いの家系に生まれ、魔法に関する成績は、他の生徒では追随を許さないほどの実力を誇る生徒だ。
コイツがこの授業に参加する予定となっている。
細かい経緯はうろ覚えですが、なぜかその薬が、風邪で欠席中のエリナ様の元へ届けられる。
そして、ここで選択肢が現れる。
【シュルの薬を飲む】
or
【飲まない】
もちろん、【シュルの薬を飲む】を選べばエリナ様×シュルルートへと大きく舵が切られる。
そういう流れです。
(――だがしかし! そうはさせない!! ここでもプランBを発動してみせる!!)
今回のプランB。
それは――私が、エリナ様の風邪を治す薬を開発すること。
けれど、それだとエリナ様の風邪はなかなか治らず、苦しい時間が長引いてしまう。
推しが苦しむ姿など、見たくない。
エリナ様の風邪が早く治ってほしい。それは、私も同じ気持ちです。
(なら、私が風邪薬を開発すればいい! そうすれば、エリナ様の風邪が治り、ついでにシュルルートのプランBも成功! いいことづくめじゃない!!)
そう意気込み、私は今日の授業に臨んでいるのです。
「ええ~~、本日は~~自由制作の時間となりますぅ~~」
気の抜けた声で説明を始めたのは、鮮やかなオレンジ色の髪に、大きな丸眼鏡をかけた女性――ミレーヌ先生。
「各々~~作りたい魔法薬がありましたら~~作ってくださいぃ~~。
なお、実験内容が危険そうな場合は~~さすがに先生がストップかけますぅ~~」
ミレーヌ先生は、普段からやる気があるのかないのか分からない人で、この授業も例に漏れず、自由制作という名のほぼ丸投げ形式だ。もしくは、教科書を写経のように読むだけ、という日も多い。
そんな脱力した説明を聞き流しつつ、私はキョロキョロと周囲を見回す。
探しているのはもちろん、あの男。
そして、すぐに見つけた。
一番左奥の席。
紫髪に翠色の瞳を持つ男子生徒――シュル・トゥレット。
攻略対象の男子たちの中では一番背が低く、幼少期に体が弱かった影響か、少し痩せ細った印象を受ける。
とはいえ、私やエリナ様よりは背が高いのだが。
(……いたわね泥棒猫)
私は一方的にライバル心を燃やし、彼をにらみつける。
もっとも、当の本人は私の視線などまったく気づいていないようだった。
「それでは……始めてくださぁい~~」
ミレーヌ先生の合図とともに、教室のあちこちで生徒たちの実験準備が始まる。
「ブリー!」
「エメンタール!」
「ロックフォール!」
開始早々、試験管の中の液体に向かって呪文を唱え、魔法薬の作成に取りかかる生徒たち。
彼らは私と同じく、最初から作りたい魔法薬が決まっているのだろう。
一方で、何を作るか悩んでいる生徒もいる。
レオナール様も、その一人だった。
「さて……どんな魔法薬を作るべきか……セレスティン、君はもう決めたか?」
顎に手を当て、考え込むレオナール様が私に問いかけてくる。
「ええ。私は風邪薬を作ろうと思いますレオナール様」
「風邪薬を?」
意外だったのか、レオナール様の頭の上に、はてなマークが浮かんだ気がした。
「はい……推しじゃなくて、友人のエリナ様が風邪で体調を崩されていまして。一刻も早く治す薬を作りたく」
「なるほど……友のために風邪薬を作ろうとするとは、優しいセレスティンらしいな」
そう言ってから、レオナール様は少しだけ表情を引き締めた。
「だが、風邪薬を作るとして、作り方はもう把握しているのか?」
その問いかけに、私は一瞬だけ言葉に詰まる。
「はい……この日のために、風邪薬を作る魔法式は用意しています!」
そして私は試験管に手をかざし、風邪薬を作る呪文をさっそく唱える。
「ベールカマン!」
――ボコボコボコッ
試験管の中で、勢いよく泡が立つ。
「おお! これは行けそうだ!!」
レオナール様が、期待するように目を輝かせる。
だが――
――ボコ……
泡は一瞬だけぽつりと浮かび上がり、すぐに消えてしまった。
「……セレスティン? これは?」
「……うっ。し、失敗ですわ……魔力のコントロールが足りませんでした」
しまった。魔法式がよくても肝心の魔力のコントロール力が足りなかった。
ここにきて、私が魔法を苦手としていることが、はっきりと足を引っ張る。
「魔力のコントロールか。協力したいのは山々だが、あいにく、私も魔法薬の作成には詳しくない……。
となると……」
レオナール様は、何かを思いついたように、周囲をキョロキョロと見回した。
そして――
「いたな。魔法のことなら、彼の力を借りようじゃないか。 ――シュル・トゥレット君!」
「レ、レオナール様!?」
レオナール様は、そのまま教室の奥へと向かっていく。
(えっ? どういうこと? レオナール様は、何をするおつもりなのですか?)
私は驚きつつも、慌ててその後を追った。
「……うん?」
風に吹かれたように紫髪がわずかに揺れ、森を思わせる落ち着いたエメラルドの瞳が、こちらを向く。
――シュル・トゥレットが、そこにいた。
レオナール様は、間を置かずに声をかける。
「魔法薬の作成中に失礼する。初めまして、シュル君。
私はレオナール・ド・クレルモン。君に、少し折り入って頼みたいことがあってね」
シュルは無表情のまま、静かに話を聞いている。
「私たちは、風邪薬を作成したいのだが、少々苦戦していてね。
そこで、できることなら――君の力を借りたいのだ」
「風邪薬? 奇遇ですね……僕もちょうど風邪薬を作ろうとしていたところです」
シュルは表情を変えずに、淡々とそう返事した。
そして――
「いいよ。僕が君たちの分の風邪薬も作ろうか? 三つ分くらいなら、すぐにできるから……」
なんと、シュルは私たちの分まで作ると言い出したのだ。
「ほぅ。それはありがたい提案だ! 君ほどの腕ならクオリティ高――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
レオナール様がその提案を受け入れそうになった瞬間、私は慌てて割って入った。
「わ、私は別に、シュルに風邪薬を作ってほしいとは思っていません!
か、風邪薬の作成は、自分の力でやりたいのです!!」
推しのレオナール様に意見するなど心苦しいですが、さすがにこの提案は受け入れられません。
(というか、シュルに風邪薬を作らせて、それをエリナ様に飲ませたら――シュルルート一直線じゃない! それだけは、絶対に避けないと!!)
プランBを成立させるためには、シュルではなく――私自身が、風邪薬の作成を成功させる必要がある。
「そ、そうか……。確かに、セレスティン、君の言う通りだな。
自力で作らなければ、成長はないかもしれない……」
レオナール様はそう言って、少し考え込むように視線を落とした。
「だけど間に合う? 授業終了までに風邪薬の作成……」
うっ。シュルの言い分にも一理ある。
授業時間は三十分。
すでに五分ほどが経過しており、残りは二十五分しかない。
魔法式による作り方は把握している。 けれど、肝心の魔力のコントロールが――絶望的に下手だ。
果たして、この残り二十五分で完成させることができるのか……。
そう思ったその時。
「……よし! ならこうしよう。風邪薬の作成はあくまでセレスティン自身が行う。シュル君には、アドバイス役として協力してもらう、というのはどうだろうか?」
「ア、アドバイス役!?」
「……アドバイス?」
私はレオナール様の意外な提案に驚いた。シュルも表情には出さないが、声のトーンからして驚いていそうだ。
「ああ。それならセレスティンが自力で作ることになるし、シュルの助言があれば成功率も上がるだろう」
(ええ……シュルの手を借りるのぉ~~? それだと、プランBが……)
私はイマイチ乗り気になれなかった。
だが、このまま一人で風邪薬を作れる保証がないのも、また事実だ。
「……と、勝手に話を進めてしまって悪いが、シュル君。この案について、君はどうだろうか?」
レオナール様が、シュルへと確認を取る。
「うん。別に僕に問題はないよ」
「……シュルがそうおっしゃるなら、ご協力、お願いいたしますわ」
私はそう言って、シュルに頭を下げた。
(……仕方ありません。 私とレオナール様とシュル、三人で協力して作ったという形にしておけば、
エリナ様がシュルだけに興味を持つことはないでしょう……)
(理想のルートではありませんが――エリナ様を救うためです。ここは、受け入れましょう!!)
こうして私は、シュルと協力して風邪薬を作ることにした。
「ベールカマン!」
――ボコボコボコボコッ
私は、左隣でシュルに観察される中、二度目の風邪薬調合に挑んだ。
試験管の中では、先ほどよりも勢いよく泡が立ち上っている。
「うん……悪くない。その調子」
シュルは試験管を覗き込みながら、淡々と評価する。
私は試験管に手をかざし、そこから流し込む魔力の量を意識的に絞っていく。
――ゆっくり、均等に。
頭では分かっているのに、どうしても魔力が先走ってしまう。
「そこ! ちょっと力弱めて!!」
「ひゃっ!?」
突然の大きな声に、思わず肩が跳ねた。
慌てて魔力を抑えようとした、その瞬間――
――ボコッ。
またもや泡が消え、調合は失敗に終わった。
「……違う。弱めすぎだ」
無表情でそう言われると、かえってきつく、怖い。
「そ、そんなこと言われても……!」
「大丈夫だセレスティン。もう一度トライしよう」
レオナール様が励ましてくれる。 推しの言葉に背中を押され、私は再び挑戦しようとした。
――だが、その時。
「待ってセレスティン。もう一度挑戦する前にこれだけは言いたい」
シュルが私に声をかけてきた。
その表情は、さっきまでの無表情とは違い、わずかに熱を帯びているように見えた。
「君は、自分では魔力のコントロールが苦手だと思っているかもしれない。けれど、僕から見たら、そうじゃない」
「……え?」
「意識――つまり、考え方の問題なんだ」
「考え方の問題ですか?」
「うん。君は魔法や魔力に対して苦手意識が強い。そのせいで、魔力の流れが余計にぎこちなくなっている。
むしろ、『自分はできる』と、“根拠のない自信”を持つくらいでいい。そのほうが、魔法の効果はずっと変わる」
(根拠のない自信!?)
意外な答えに、私は目から鱗が落ちる思いだった。
気持ち次第で、魔法の効果が変わるなんて。
「――だから」
シュルはそう前置きすると、一歩、私の方へ近づいた。
(顔が近い……)
そう思った次の瞬間。
「次は、僕の手を貸そう」
「……え?」
問い返す間もなく、
シュルの手が、そっと私の左手首を取った。
「なっ!? 君、いきなり何をするんだ?」
レオナール様が声を荒げる。
「!?」
私は驚きのあまり、言葉を失った。
だが、シュルは落ち着いた声で続ける。
「大丈夫。変なことはしない。ただ、魔力の流れを身体で覚えてもらうだけだ」
彼の手は冷たかった。
けれど、不思議と、深い森の中を吹き抜ける風に包まれるような感覚があり、私の心はゆっくりと静まっていった。
気づけば、シュルは私の震えを抑えるように、そっと支えていた。
「おい! シュル君、君って奴は――」
「レオナール様……このまま続けさせてください」
私はレオナール様を見上げて言う。
不思議な感覚だが、今ならできそうな気がした。
そして私は、再び試験管に手をかざし、呪文を唱える。
「ベールカマン!」
――ボコボコボコボコボコッ
試験管の中で、 今までで一番、勢いのある泡が立ち上る。
(そうそう。その調子だ、セレスティン)
(シュル!?)
シュルの口は開いていない。声も聞こえない。
それなのに、彼の言葉が、そのまま私の心に流れ込んでくる。
(驚かないで……これは、魔力の精神エネルギーを応用した力。
魔力とは、意志の強さや感情の状態から生み出す精神エネルギーと肉体の強さや健康状態から生み出す生命エネルギーを掛け合わせて生じるもの。
精神エネルギーを上手くコントロールできれば、こうして身体が直接触れ合っている間、僕は心の中の言葉を、そのまま君に語りかけることができる)
(へぇ……魔力って、そんなことまでできるんですね。さすが、魔力の天才児)
私は改めて、シュルの凄さに感心する。
(さて、魔力の説明はこの辺にして――風邪薬の作成に集中しよう)
その言葉に導かれ、私は意識を試験管へ向けた。
(今、試験管の中の泡は強く激しく泡立っている。ここからゆっくりと弱めていく。
“
(
(薬学の分野では有名な、マリー・フォン・キュリスベルクが提唱した魔力制御法だ。
最初は魔力を強く流し、そこから徐々に弱めていく。
イメージとしては――ステーキを焼く時の要領だ)
(なるほど……! 食べ物で例えるならわかりやすいわ!
ステーキは、最初は強火で一気に焼いて、それから、弱火にして中まで火を通すように、魔力も徐々に慣らしていくということね!)
(うん。その通り)
(よし……)
私は、意識的に魔力を徐々に弱めていく。
――ボコッ……ボコッ……ボコッ……ボコッ。
泡は次第に穏やかになり、安定していった。
(よしいい調子!!)
(うん、君ならできる!!)
そして――
――キュイイイン!
試験管の中が眩しく光り、やがてその光が収まる。
中の液体は、緑色の粉となって結晶化していた。
「こ、これは……出来たのか?」
レオナール様が尋ねる。
「……はい! 出来ました!!」
私は満面の笑みで答えた。
レオナール様も、ほっとしたように息をつく。
「良かったな、セレスティン……シュル君、君にも感謝する」
「いえ、僕は助言しただけで、大部分はセレスティン自らの力で――」
シュルは、いつもの無表情から一転し、ほんのわずかに微笑んだ。
「ありがとうございます……! シュルのアドバイスのおかげです! これでエリナ様も救えますわ!!」
――ガッ!
「……え?」
シュルが大きく目を見開く。
「あっ……」
私は嬉しさのあまり、無意識にシュルの両手首をぎゅっと握っていた。
(わ、私……!?)
慌てて手を離そうとした、その時。
「――はいはい、そこまでだ」
すっと、私とシュルの間にレオナール様が割って入る。
「薬の完成は喜ばしい。シュルの協力も実にありがたい。だが――」
レオナール様は 作り笑いのまま、背後のシュルを振り返り――。
「人の婚約者と必要以上に仲良くなるのは頂けないなぁ」
レオナール様のその笑顔には、はっきりと無言の圧があった。
「?」
当のシュルは、特に気にしていない様子だ。
ここから表情が見えない私でさえ、少し怖いのに。
それより、レオナール様にもお礼を――。
「レオナール様も、ありがとうございました!
もとはといえば、レオナール様がシュルに声をかけてくださらなければ、この風邪薬は完成しませんでした!」
「……うん? そうか、私も役に立ったのか?」
「ええ!
私とレオナール様とシュル、三人が協力して、この薬は完成したのです!!」
私はそう言い、今度は意識的に、レオナール様とシュル、二人の手を握りしめる。
「この薬で、エリナ様の風邪を治してみせます!!」
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