4.「フェラン・クレルモン」

 間違えました。

 初日からプランAを失敗してしまいました。

 プランA。

 それは正史ゲーム通り、エリナ様×レオナール様一直線による最短ルートの作戦です。ですが、先ほどの醜態の通り、私は悪役令嬢になりきれず、嫌われ役を演じるつもりが、むしろ、ちょっとエリナ様と仲良くなれてしまいました。

 いや、仲良くなれたこと自体は超嬉しい……じゃなくて、このままでは正史ゲームとは違う展開にずれてしまいます。それは不確定要素が発生し、エリナ様×レオナール様ルートが遠のく可能性があるということ。


(ですが……まだ絶望する段階ではありません……伊達に七年、七年も計画を練ったわけではありません)

(こういった失敗したときに備えて、もうひとつの計画――プランBを実行するまでよ!!)


 プランB。

 一言で表すなら、 “他攻略対象の男子ルートを潰しまくる作戦”です。

 元々実行しようとしたプランAがエリナ様×レオナール様ルートを積極的に向かおうとする作戦とするなら、こちらのプランBは消去法によってエリナ様×レオナール様ルートに向かわせる作戦。

 具体的には、エリナ様が他攻略対象の男子たちと出会う場面で、私セレスティンが出会う場面へとすり替える。他攻略対象の男子たちとエリナ様との一切のフラグを立つイベントは代わりに私が頂く。

 そうすれば、他攻略対象の男子たちはエリナ様に興味が向かず、エリナ様も他攻略対象の男子たちに興味が向くことはないでしょう。

 そうすればおのずとルートは絞られて、エリナ様×レオナール様ルートに行く可能性が高まるということ。


(フフ……他人の恋路を喜んで邪魔するなんて……ようやく悪女、いや悪役令嬢が板についたということかしら)


 私はあざとく悪く、ザ・魔性の女を気取るように不敵な笑みを浮かべます。


(そうと決まれば、プランBさっそく実行よ!)

(まずは……攻略対象の一人――フェランとのルートを潰すわよ!!)


 ***


 入学式から三日目、二限目の魔力制御演習の授業に参加するため、私とエリナ様は学園の魔法演習場に足を運びました。


「ではこれより魔力制御演習の授業に入ります。ルールは――」


 片眼鏡をかけた白髪の初老男性、ポルナレフ先生が演習の説明を始めます。

 この授業は正史ゲームの序盤で体験するイベントで、フェランルートに進むなら避けて通れない重要なイベントです。

 授業では、基本魔法のひとつである火の魔法を扱います。演習は的当てゲームのような形式で、目標となる魔法陣に向かって火球を放ち、その威力、速さ、コントロール、魔力量の四つの評価から総合点が算出される仕組みです。

 ちなみに合格ラインは60点以上。満たさなければ、ポルナレフ先生によるスパルタ補習が待っています。

 説明を終えたポルナレフ先生は、にこやかに、しかし鋭い目で生徒たちを見渡しました。


「では、まず一人目、エリナ・クチュール君。どうぞ」

「はい!」


 元気よく返事をするエリナ様は、そのまま持ち場へと向かいます。いきなり一人目に選ばれたことで、少し緊張した表情を浮かべていました。


「頑張って! エリナ様!!」


 ちなみに正史ゲームでは、ここはちょっとしたミニゲームになっておりまして、ゲージの高得点ラインに合わせてボタンを押すことで得点が変わる仕組みでした。

 つまり本来は、プレイヤーの腕前で点数が変わる形式だったのですが……。プレイヤーがいないこの世界では、エリナ様はいったい何点を叩き出すのでしょう?

 エリナ様は深呼吸をひとつ置くと、左手を構え、魔法名を唱えました。


火天ファイアボール!!」

 ――ボゥ!


 左手から放たれた火球は、大きく、速く、美しい軌道を描きながら魔法陣へと飛んでいきます。的である魔法陣に触れた瞬間、まるで掃除機のように火球が吸い込まれていきました。

 同時に、魔法陣近くのボードからテレテレテレ……と測定音が流れます。


(たしか……魔法陣とボードは連動していて、あのボードに点数が表示されるんでしたよね……)


 テレテレという音の中、私はゲームでのこの場面を思い出していました。

 ――テレテレテレテレ……テン!

 ボードに表示された点数は、80点。

 エリナ様は初めての演習で、見事80点という高得点を叩き出したのです。


「おお! 80点とは素晴らしい! 我が校においても、ここまでの成績を叩き出す者は稀ですぞ、エリナ君!」


 正史ゲーム通り、80点以上はポルナレフ先生から最上級の褒め言葉が贈られます。


「流石ですわ! エリナ様!!」


 私は嬉しくなって駆け寄りました。

 周囲の生徒たちも、思わずほうっと息を漏らし、関心の声を上げています。


「えへへ……ちょっと緊張しましたわ」


 照れながら頬を軽くかくエリナ様。マジで可愛いですけど。


「いえいえ、流石ですよ、エリナ様。私、知っていますもの。授業を終えたあとも、家に帰ってからも……ずっと魔法の勉強を続けていらっしゃることを!」

「えっ……セレスティン様? なぜ、それを――」


 うっ……言った瞬間、食いつかれた。

 しまった。ゲームで見ていたなんて言えない。どう躱せばいいのかしら。

 そう思った瞬間――。


「次! セレスティン・オート君。どうぞ」


 私の名前が呼ばれた。


「あっ、はい! 呼ばれちゃいましたので――!」


 エリナ様の追及から逃げるように、私はそそくさと持ち場へ向かいました。


(さて……魔法の演習ですか……)


 いざ自分の番になると、やっぱり緊張する。

 もちろん私も七年間魔法の勉強はしてきた。

 でも正史ゲーム設定の影響か、セレスティンは魔法が苦手で……いえ、設定を言い訳にするのは良くありませんね。


「セレスティン様、頑張ってください!」

(エリナ様のように、私も頑張れば――)


 私は魔法陣に向かって左手を構えます。


火天ファイアボール!!」

 ――ボゥ!


 火球の形はやや不安定。軌道も……ええ、しっかりと外れていきます。


「ああ、しまった!」

「セレスティン様!」


 このままではどこかにぶつかってしまう……そう思った瞬間。

 ――キュイイン!

 魔法陣の吸い込みが突如として強まり、まるで下手くそな野球選手の暴投みたいに逸れた火球は、その力に引き寄せられるようにして無事に吸い込まれていった。

 ――テレテレテレテレ……

 そして、無事にカウントが始まった。

 ――テレテレテレテレ……テン!

 ボードに表示された点数は、55点だった。


「ああ、惜しい! もう少しで合格ラインなのに!!」

「いえいえ、この次ならきっと60点超えますよ!」


 エリナ様の優しい励ましに、私はほっと息をつきました。

 そして私の番が終わり――。


「次! フェラン・クレルモン君。どうぞ」

(げっ! ついに出たわね!!)


 二人目の攻略対象、レオナール様の弟――フェラン・クレルモン第三王子。


「……ういっす」


 明らかにやる気なさそうな返事。銀髪碧眼の整った顔立ち。

 さすがはレオナール様の弟、と言いたくなる容姿なのに、口元に浮かぶのは軽い笑み。

 真面目で凛々しいレオナール様とは対照的に、フェラン様からはどこか掴みどころのない遊び人の気配が漂っていた。

 やれやれ、と言いたげな態度のまま、フェランは持ち場へ向かう。


「ハァ……面倒くせぇなー。チャチャっと済ませますか。――はい、火天ファイアボール

 ――ボゥ!


 ――テレテレテレテレ……テン!

 ボードに表示された点数は、65点だった。


「……まぁ、こんなもんか」


 フェランは気怠げに頭をかきながら、さっさと持ち場から離れていった。


(……あんな明らかに手を抜いていたというのに、私より10点も高いなんて悔しい。じゃなくて……正念場はここからよ!)

「……どうして?」


 ボソリと呟く、エリナ様。

 その視線は、去っていくフェランの背中を何かを思うように見つめていた。


(――来やがった! フェランルートのフラグが!!)


 思わず心の中で頭を抱えた。

 そう、この後が正史ゲームにおける分岐イベントなのです。

 正史ゲームでは、授業終了後にエリナ様の選択肢が出る。


【フェランに話しかける】

 or

【そっとしておく】


 この二択で、選んだ瞬間にルートが変わっていく重要イベント。

 もちろん、【フェランに話しかける】を選べばエリナ様×フェランルートへと大きく舵が切られる。

 そして話しかけた理由も――、


「どうして本気を出さなかったの? 才能あるのに」


 という、まさにエリナ様らしい真っ直ぐな問いかけ。

 女の子に話しかけられたフェランは先ほどまでのやる気なさそうな態度とは打って変わって、即テンションを上げてナンパする。

 だがエリナ様は動じない。ナンパをいなし、彼を一人の人間として真正面から見つめる。

 そんな彼女を見て、フェランは――


「……おもしれー女」


 と、呟いてその場を去るのです。

 その日を境に彼は、事あるごとにエリナ様の前に現れ、フラついた態度で誘惑してくるようになる。

 飽き性の遊び人ゆえの気まぐれなのか――それとも、彼の中でエリナ様が本当に特別なのか。

 その掴みどころのなさが、いかにもフェランらしいルートだった。


(だが、そうはさせない! そのためのプランB発動よ!!)


 そしてチャイム音が鳴り、授業終了の合図が訪れる。

 生徒の人混みに紛れて、フェランが立ち去る。


「……あっ」


 思わず追いかけようと一歩踏み出すエリナ様。

 その瞬間、私は扇をスッと広げ、彼女の前に差し出すようにして行く手を止めた。


「……セレスティン様?」

「……あなたのお気持ちはよく分かりましてよ。けれど、ここは彼の義姉ねぇ――この私に任せてちょうだい」


 そうウィンクをひとつ添えて伝える。

 エリナ様は了承するかのようにコクンと頷いてくれました。

 そうして、エリナ様の代わりに私が、フェランの後を追う。


「お待ちなさい! フェラン!!」

「……その声は、義姉ねぇさんか……珍しいじゃん。この俺に話しかけるなんて……」


 振り向いたフェランは、私の顔を見て露骨にだるそうにする。

 女の子と接するときは、どんな相手でもテンション上がるフェランでも、流石に、兄の婚約者である私セレスティンにはナンパスイッチは入らないようなのだ。


「……どうしたの? なんか兄さんの件で伝えたいことでもあんの?」

「どうしたのじゃないわよ! 先ほどの魔法は何? あなたの実力はあんなもんじゃないでしょう! 

 どうしてもっと本気出さないのよ!!」


 私がビシッと強い口調で尋ねると、「ハァ……」と露骨に溜息をついたあと、答える。


「必要がないからだよ」


 私の目をそらしながら、フェランは自嘲するかのように軽く笑う。


「この演習では、合格点さえ出せば、そこからいくら高得点を出そうと成績の評価はまったく同じ……なら、必要最低限の力で合格点を出し、他の授業に体力や魔力を温存しておく。この方が効率的だろ?」

「……うっ」


 思わぬ言い分に、私は一瞬黙る。

 たしかに言っていることはもっとものように聞こえる。けれど、なぜだがわからないけど、フェランの言葉の裏には別の感情が隠されているように見えた。

 婚約者として、八歳の頃からレオナール様と過ごした。

 その中で、フェランと会う機会は何度もあった。

 フェランは本当に器用で才能に恵まれ、何でもそつなくこなす男子だ。

 だから、レオナール様と違い、本気出すのを馬鹿馬鹿しいと思っているところもあるかもしれない。


「そうやって……本気を出さずに何でも器用にこなす俺、カッケーって思っているんでしょうけど……」


 だけど……それでも、フェランにはこれだけは言いたい。


「たとえ不器用でも、どんなことにもひたむきに頑張る人の方が、ずっとかっこいいわよ!」


 つい叫んでしまった。

 その大声で周りの生徒たちが私を見つめる。

 フェランは、目が点となり、しばらく私を見つめて黙っていた。


「……あっ」


 私は皆に注目されて恥ずかしくなってきた。


「……ふむふむ。ひたむきに頑張ること、それは素晴らしいことですな!」


 すると、生徒の人混みの中からポルナレフ先生がひょいっと現れた。


「ポルナレフ先生?」

「だが、人に説教する前に、自分がしっかりとしないとな……セレスティンよ、60点下回ったら補習を受けることを忘れていないだろうな?」

「あっ……あっ」


 私は補習を受けることを忘れていた。


「待って私のプランBが……フェラン待って!」


 フェランと話し続けたかったのに、ポルナレフ先生に強引に連れられ、スパルタな補習を受けることになったのです。

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