僕は、孵ってはいけないヒヨコだった。
桐沢清玄
似ていた、それだけ
高架下に響く銃声。
でも、警察が駆けつけたりはしない。
この国じゃ、こういう音に誰も驚かない。
なんなら、後で警察が礼を言いに来ることすらある。
そんな、いつもの日常。
「ねえ、イヴァン。僕にも撃たせてよ」
「あ~ん? ……てめぇが撃ったところで、どうせ当たんねえだろ」
そういいながら、イヴァンはリボルバーを渡してくれた。
僕はそれを右手で構える。
「そうそう、右手でな。……何回も言ってるが、確認の為だ。いいか、まずは──」
「うるさいなあ。“左手は添える。持つな”だろ?」
コンクリートが詰められたドラム缶。
それにロープで縛り付けられた、敵対組織の人間。
口には布が詰められていて、テープで塞がれている。
うんうん唸ってるけど、僕たちの仲間をこんな風に殺したのはこいつらだ。
だから、こうなってる。今更、泣きべそかいても遅いんだよ。
──乾いた音が響いた。
弾丸は高架下の柱に当たり、ぱらぱらと音がした。
撃鉄を起こして、狙いを定める。もう一発。
「う、わっ!」
当たり所が悪かったのか、弾が跳ね返ってきた。
思わず、拳銃を放り投げてしまった。
「てめっ、……あぶねえだろうが!」
僕が放り投げた拳銃をキャッチしたイヴァン。
そのまま、的の脳天に鉛玉をぶち込んだ。
とりあえず、掃除は終了ってとこか。
「あいたっ!」
こめかみに青筋を立てたイヴァンから、額への手刀。
銃身を握ってしまっていたから、右の手のひらが赤くなってる。
「なーに『お仕事完了』みてえなツラしてんだ! そんなだからヴェイツェ、お前はいつまで経っても半人前なんだっつうの」
手刀を連続で浴びる僕は、衝撃を受ける寸前に膝を落とす小技を身に付けていた。
……確かに、今のは自分が悪い。この痛みは甘んじて受けよう。
雑用いびりも飽きたのか、ようやく手刀の嵐から解放された。
イヴァンは拳銃に弾を込めてから、スーツの裏側のホルスターに仕舞った。
「んじゃ、このまま集金いくか。どっかの店で、飯でも食おうぜ」
「分かった。……こいつらは?」
「心配すんな。他の雑用係が片づけてくれるだろうよ」
僕も雑用なんだけど、なぜかイヴァンに気に入られてるんだよね。
もらえるお金が増えたし、嫌な仕事もしなくてすむようになった。
そのせいでイヴァンがいない時は、居場所がなくなるけど。
いつも通りの簡単な集金だと思った。……でも、違った。
何件か回った先のレストランの店長が、イヴァンに襟首を掴まれている。
「……いやっ、そのっ……先月からここ、“グスタフ商会”の縄張りになったんじゃ……っ?」
「はあ!?
……誰だ、んなデタラメほざいてんのは。
ここはずっと、ウチら“ルカーシュ・ファミリー”のシマだろうが」
「イヴァン、店長に凄んでも意味ないよ。一旦、ボスに確認しよう」
「……だな。おい店長、サンドイッチ二つだ。今すぐ」
二人でサンドイッチを食べながら、早歩きで事務所に向かった。
──悪い予感がする。それなりに、この世界で生きてきたから。
打算、裏切り、親殺し。
他の組織で起こった話を聞いてきたけど、どこか他人事だった。
それが自分たちに降りかからないなんて保証は、どこにも無いのに。
「……ッ!? この銃声、事務所の方角か!? ヴェイツェ、走るぞ!!」
「分かった!!」
事務所の前には、何人かの仲間が血まみれで倒れていた。
手榴弾か何かが投げ込まれたのか、火の手が上がっている。
「クソがッ!! 親父は、親父は無事なのか……ッ!?」
「待ってよ、イヴァン!!」
燃えさかる炎を避けながら、なんとかボスの部屋まで辿り着いた。
腹部に銃弾を受け、ソファにもたれかかっていた。
「親父ッ!! 誰だ、誰がやった!?」
「……フィリップだ……あの野郎、裏切り……やがっ……」
ボスはそれきり、動かなくなった。
僕を拾ってくれた、優しい人。
でも、だからこそ、こうなってしまったのかもしれない。
「あんのネズミ野郎!!
……ヴェイツェ、お前は逃げろ。ルカーシュ・ファミリーは終わりだ」
「イヴァンは……どうするの?」
「んなもん、決まってんだろうがッ!? 俺が親父の仇を取るんだよッ!!」
怒りっぽいイヴァンだけど、いざって時は自分で頭を冷やせると思ってた。
これは駄目だ。──このままじゃ、無駄死にするだけだ。
「だったら、僕も行く」
「なっ……!! てめえに何が出来るってんだよ!?」
「さあ? 弾薬とか手榴弾とかナイフとか手斧とか……荷物持ちくらいかな」
顔を真っ赤にしていたイヴァンだったけど、少し落ち着いたみたいだ。
僕の肩を掴んで、落ち着いた声で言い聞かせるように喋った。
「……お前のおかげで頭冷えたわ。んじゃまあ、さっさと逃げるか。仇討ちなんて出来る訳ねえしな、ははっ」
「そんなばればれの嘘、信じるわけないだろ。ほら、さっさと準備しよう」
立ち上がって、転がってた鞄の中身をぶちまけた。
僕の仕事は雑用だ。
この町の武器庫の場所は、全部知っている。
そんな僕の腕を、イヴァンが掴んだ。
何だろう……怖がってる?
「駄目だ、ヴェイツェ。……頼むから、お前は来ないでくれ」
「意味が分からないよ、イヴァン。一人より、二人の方がいくらかはマシ。馬鹿でも分かる理屈だ」
何で、そんな──悲しいような、苦しそうな顔をしてるのさ。
「お、俺はっ……お前に、死んで欲しくなくて……っ」
「どうして? 付き合いはそれなりに長いけど、他人じゃん。僕たち」
殴られた。
でも、あまり痛くないし、尻餅をついたくらいで済んだ。
さっきから、本当になんなんだよ。イヴァンのやつ。
イヴァンに手を差し出され、立ち上がる。
「……ああ、くそッ!!
そうだよ、俺がおかしいんだ、ずっと前からな!!
お前を見たとき、驚いちまった。あんまり、死んだ弟に似てるから……」
──なるほど。
僕の面倒を見てたのは、そういう理由か。
「長年の疑問が解消したよ。じゃ、準備を始めよう」
「……お前、俺の話聞いてたか?」
「つまり、僕のことが大好きなんでしょ? イヴァンお兄ちゃんはさ」
「こっ……この野郎っ……!!」
イヴァンは顔が赤くなったり、青くなったり、忙しそうだった。
僕はイヴァンの胸を拳で叩いて、発破をかけてやった。
「大好きな弟のこと、しっかり守ってくれよ」
「……ちっ! そっちこそ、お兄ちゃんの足引っ張んじゃねえぞ」
事務所から脱出した僕たちは、町の外れにある武器庫で襲撃の計画を練った。
死ぬかもしれないのに、なんだか楽しかった。
しばらくの間、潜伏していた僕たち。
グスタフ商会の奴らを襲い、情報を集めて辿り着いた場所。
物陰に隠れて、様子を窺う。
ここは線路沿いに建つ、古い大型の倉庫。
今晩、フィリップとグスタフ商会の取引があるらしい。
向こうもこっちの動きは予想してるだろうから、警戒はされてると思う。
でも、こっちも情報を集めるついでに敵の数を減らした。
ルカーシュ・ファミリーが無くなった影響で、逆に僕たち二人だけを見付けるのに苦労してるみたいだ。
命が惜しい小物みたいな奴らは、町を出てったってさ。
「ぱっと見、20ってとこか。やれなくも……ないな」
「だね。裏口の方は荷物で塞がれてるから、入り口を抑えれば逃げ場は無い」
「まあ、倉庫の中はコンテナで迷路みたいになっちまってるから、向こうが有利かもしれないが……」
「そのくらいの方が面白い──いつものイヴァンだったら、そう言うよね」
「……ったりめえだっつうの。やるぞ、付いてこい」
イヴァンは腰のナイフを抜いて、入り口に立つ四人の一人に向けて投げた。
駆け出しながら、リボルバーで残りの敵を狙う。
装填出来る弾は六発だから、あっという間にただの鈍器になる。
「ヴェイツェ、次だ!」
体に巻き付けたホルスターには、六つの拳銃が収まっている。
そのうちの一つをイヴァンに渡しながら、僕は索敵に専念する。
「マジで来やがったッ!! お前ら、応戦しろッ!!」
「もう三人やられてるぞ!! 数で押し潰せ!!」
お互いに車を盾代わりにして、睨み合っている。
僕はベルトの手榴弾に手を伸ばし、イヴァンの背中を叩いた。
「使うよ。そっちは銃で、飛び出てきた奴をお願い」
「おう。派手にぶちかませ」
手榴弾のピンを抜いて、敵が隠れている車の下に転がした。
慌てて飛び出た敵はイヴァンに撃たれて、他の奴は車と一緒に炎に包まれた。
これで手榴弾は残り四個、正面入り口はクリア。
入り口近くの左右の壁に張り付いて、中の様子を探る。
……待ち伏せ、されてる。
手榴弾を一個イヴァンに投げ渡して、僕も手榴弾を構える。
同時にピンを抜き、互いの方向に倉庫内へ転がす。
爆発音と共に内部を覗く。
破片が目に入らないよう、腕越しに視界を探った。
二人で近くのコンテナに張り付いて、息を整える。
イヴァンに拳銃を渡して、武器の在庫を確認する。
──手榴弾は残り二個、予備の拳銃は三つか。
一瞬の、油断だった。
僕の側まで忍び寄っていた敵の接近に、気付くのが遅れてしまった。
「ヴェイツェ、危ねえッ!!」
「っ!!」
発砲音が聞こえたけど、痛みは無かった。
イヴァンに体を覆われ、コンクリートの地面に倒れた。
……やられる。僕は咄嗟に、“左手”をホルスターに伸ばした。
「なん……だと……?」
敵は倒れて、動かなくなった。
今のは──僕がやったのか?
イヴァンも……動かない。
だったら、後は代わりに僕がやらなきゃいけない。
空いた右手にナイフを持って、残りの獲物を狩りにいく。
──僕はずっと、殻の中で守られていた。
孵りたてのヒヨコだけど、上手く鳴けるかな。
「あっ、あんなガキにっ……一体どうなってる、フィリップ!」
「俺だって知らねえッ! イヴァンの奴、とんだ化け物を育てやがったッ!!」
残ったのはフィリップと、グスタフ商会のボスだけ。
どうやら思った以上に、僕はこういう仕事に向いてるみたい。
こっちの弾は無くなったけど、ナイフでも相打ちくらいには持っていけるかな。
いつ飛び出そうか迷っていると、僕が来た道から足音が聞こえてきた。
……くそっ、仕留め損ねたのか。
「──俺だ、ヴェイツェ! 頼むから、撃つんじゃねえぞ!?」
「イヴァン、生きてたの!?」
のろのろとやって来たイヴァンは片手を上げながら、僕に合流した。
敵を倒すので精一杯だった僕に、奪った拳銃を渡してくれた。
これでお互いに拳銃持ちが二人。
「……背中を撃たれたが、どうやらホルスターの金具に弾が当たったらしい。
特注で丈夫な物を作らせたが、こんな事もあるもんだな」
「普段、ギャンブルで負け続けてたのが良かったのかもね」
「うるせえ。……このまま仇討ちといきたいが、お前に任せていいか? 多分、肋骨にひびが入ってる。ここまでくると、生き残りたい欲が出て来た」
「うん、後は僕がやる。……イヴァンなりに、僕を守りたいから左手は使わせなかったんだね」
「……そうだな。分かってると思うが、お互いに裏稼業はこれで最後だ」
イヴァンの言葉に頷いてから、僕は残りの二人を始末しにかかった。
かなり疲れていて、集中力も切れていたんだと思う。右腕を撃たれた。
それでも、最初で最後の殺しの仕事は成功で終わった。
今までありがとう、イヴァン。
これでお別れだね。
あれから、数年が経った。
お互いに違う国に逃げた僕たちは、それぞれ別の生活をしている。
二度と連絡はしないと決めてあるので、イヴァンのその後は知らない。
「おい、ヴェイツェ。相変わらずお前は不器用だなあ」
「すみません、工場長。頑張ってるんですけど、なかなか……」
服飾の工場で働いてる僕は、いつも小言を言われている。
でも、仕事があるだけで感謝しないと。
「まあまあ、工場長。どうせここの商品は出来より値段なんだし、多少下手だって構いませんよ」
いつも仲良くしてくれてる同僚が、僕を
遊び歩いてるせいか、たまにお金を貸して欲しいと頼んでくる以外はいい人だ。
「勤務態度もいいし、仕方無いか。お前もヴェイツェを見習って、遅刻癖を直してくれたらなあ……」
「おおっと! まだ仕事が残ってるんで、失礼しますねえ~!」
こんな感じで、僕はまた殻の中で生きている。
みんな優しいし、暖かいね。
僕は、孵ってはいけないヒヨコだった。 桐沢清玄 @kiri-haru
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