七色の卵

仁志隆生

七色の卵

 年の瀬の江戸の町。

 人々はやはりせわしなくしている。


 そんな中、卵が入った籠を抱えてとぼとぼと歩いている男がいた。

「はあ、全然売れねえなあ」

 どうやら卵売りのようだ。


 卵は庶民にはそうそう手が届くものではない。

 祝い事や病気の回復に食するくらいだったが、


「病はともかく正月くれえってのもいねえんだな」

 卵売りがぼやいていた時だった。

「もし、卵をくれないかい?」

 いつの間にか傍にいたどこぞの若旦那らしき男が言った。

「へ、へい。さ、どれにしますか」

 卵売りは若旦那に見えるように籠を差し出した。

「へえ、七つもあるの?」

「ええ、うちのはよそと比べたら多く産んでくれるもんで」

「そうなんだね。あ、いくらだい?」

「一つ三十文です」

「だとすると七つで二百十文か。よし、全部くれ」

 若旦那は懐から銭を出し、百文差しを二つと残り十文を数えながら卵売りに渡した。

「ありがとうございます。では」

 卵売りはそうっと卵を渡していく。

 それを受け取った若旦那は慣れた手つきで袖に入れていった。


 気前のいい旦那だなと、これで年が越せると安堵していると。

「そうだ。七色の卵って見た事あるかい?」

 若旦那がそんなことを言った。

「へ? いやそんな卵は見たことも聞いたこともありませんよ」

 卵売りが頭を振って言う。

「そっか。いやたくさん産む鶏がまれに変わった卵も産むと聞いたものだから、もしやと思ってね」

「いやいや、おとぎ話じゃないのですから」

「そうだな。だが聞くところによると公方様がそれを探しているらしくてね、もし見つけたら望みの褒美を授けるって話もあるよ」

「そ、そうなんですか?」

「うん。偽物を持って行った奴が打ち首にされちまったなんて話もあるけどね」

「うっ」

 卵売りは一瞬殻に染料塗って持って行けばと思ったようだ。


「もし本当にあるなら見てみたいなあ。あ、引き止めて悪かったね。じゃあ」

 若旦那は袖を上げて人混みの中に消えていった。


「うーん」

 卵売りは思った。

 七色じゃないが少し大きな卵を産んでくれたことがあったなと。


 もしかするとこの先、七色の卵を?

 いやいや、やはりおとぎ話だろ。

 ……いや、やるだけやってみようか。



 卵売りはその後、鶏をいっそう大事にした。

 餌もなるべくいいものを与えた。

 卵を孵化させて増やしてもしていった。


 そうしているうちにいつしか結構な数を売れるようになり、卵売りはちょっとした金持ちになっていた。




 そして、何十年かが過ぎ……。

「卵、卵~」 

 年老いた卵売りは今も自分で卵を売っていた。

「お、今日もたくさんあるようだねえ」 

 そう声をかけてきたのは、あの時の若旦那。

 今は年老いてご隠居となっていた。


「へえ。しかし七色の卵は未だに出てきやしませんわ」

「ああ、あの話かい。すまないな、あれ嘘だよ」

 ご隠居がそんなことを言う。

「は?」

「いやね、あたし卵が大好きでねえ。けどそうそう売りに来ねえしどうしたもんかなあと思ってたら、あんたのとこはたくさん産むって言うから」

「それで七色の卵なんて話をですかい。そうすればあわよくば」

「もっとたくさん産むようにしてくれて、それでたくさん出回るんじゃねえかと思ったんだよ。ほんとすまなかったね」

 ご隠居が手を合わせて謝った。


「いえいえ。やはり嘘か、いやもしかするとと思い続けてでここまでになれて、暮らしも良くなったんです。だから感謝しかありませんわ」

 卵売りはニコニコしながら言った。


「そうかい。そう言ってもらえたら……ああ、それ全部売ってくれないか」

「そうしたいんですが他にも欲しいって人がたくさんいるんで、七つだけで」

 そう言って卵売りが籠を差し出すと、

「おっ?」

 そこには白、茶、薄桃色に混じって緑色や青色の卵が一つずつあった。


「先ごろね、こんなのを産んでくれたんですよ」

「これはまた珍しい。これなら本当に七色の卵が産まれるのでは」

「どうでしょうかねえ? まあ、出てきたとしても遠い後の世でかもですね」

「その時はあの世から舞い戻ってやるわ」

「その時は高値で売ってあげますよ」


 二人の笑い声が辺りに響いた。



 終

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七色の卵 仁志隆生 @ryuseienbu

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