第9話: ざまぁは一気にやる派です

第9話:


ざまぁは一気にやる派です


王都の社交界がもっとも華やぐはずの「建国記念晩餐会」。 しかし、その会場である大広間に漂っているのは、芳醇なワインの香りではなく、喉を焼くような緊張感と、崩れ落ちる名家の腐敗臭だった。


中央に設置された演台。そこに立つのは、かつて「無能」と蔑まれ、この場所から追い出されたはずのリリア・フォン・エルグレンである。彼女の隣には、青白く、もはや人間としての生気すら失いかけたアルベルト・フォン・クラウゼンが、騎士たちに両脇を固められて立っていた。


「……アルベルト様。そんなに震えていては、せっかくの美しい軍服が台無しですよ?」


リリアの声が、魔導具を通じて広間全体に響き渡る。その声は氷細工のように冷たく、しかし残酷なほどに透き通っていた。


「リリア……お前、私を……公爵家をどうするつもりだ……!」


「どうもしません。ただ、貴方が積み上げてきた『数字』を、皆様の前で正しく読み上げるだけです」


リリアは手元の羊皮紙を、無造作に、しかし確実な殺意を持って広げた。


1. 崩壊のファンファーレ

「まずはこちらをご覧ください。クラウゼン領における、過去三年の軍事予算支出報告です。アルベルト様、貴方は『高火力魔法部隊の維持費』として、毎年、王国の国家予算の三%を計上されていましたね」


リリアの指が、書類の一点を鋭く指した。


「ですが、実際の部隊運営に使われていたのはその半分。残りの半分は……あら、不思議。貴方が個人的に贔屓にしている宝石商と、新興の魔石闇ギルドの口座へ流れています。……いわゆる、公金横領です」


広間が、爆発したようなざわめきに包まれた。 「横領だと!?」「あの公爵家が……!?」


「嘘だ! 捏造だ! 貴様、私を陥れるために――」


「捏造? コアさん、ログを出してください」


リリアが指を鳴らすと、広間の中央に巨大な魔導映像が投影された。そこには、アルベルトが闇ギルドの代表と密会し、賄賂を受け取っている光景が、五感に訴えかけるほどの鮮明さで記録されていた。


「私のダンジョンは『情報収集』にも特化していると言ったはずです。貴方の密会場所だったあの森は、すでに私の『監視植物』の支配下にありましたから」


アルベルトの膝が、がたがたと音を立てて震え始める。 その横では、妹のセシリアが「私は知らない、お兄様が勝手にやったことよ!」と叫びながら、周囲の貴族たちから拒絶されていた。


2. 「婚約破棄」の皮肉な末路

そこへ、重厚な足音とともにエドガル王が進み出た。 王の表情は、怒りを超えて、もはや無表情な「処罰者」のそれだった。


「アルベルト・フォン・クラウゼン。貴様の罪は明白だ。公金横領、管理能力の著しい欠如、そして――王国にとって最大の損失は、リリア・フォン・エルグレンという至宝を、偽りの評価で辱め、追放したことだ」


王の宣言に、アルベルトは糸が切れた操り人形のように床に崩れ落ちた。


「よって、王命を下す。クラウゼン公爵家は本日をもって取り潰し。資産はすべて没収し、リリアの運営するダンジョンの賠償に充てる。……そして、あの忌まわしき『婚約破棄』は、手続きに不正があったとして、正式に『無効』とする!」


「えっ……?」


崩れ落ちていたアルベルトの瞳に、絶望的な希望が宿った。 婚約破棄が無効。つまり、自分はまだ、今や王国の救世主となったリリアの「夫」でいられるということか。彼女の富と権力を、まだ自分のものにできるのか。


「あ、ああ……リリア! すまなかった! 私が悪かったんだ! 改めてやり直そう、君を私の正妻として、最高の形で迎え入れる――」


アルベルトが、泥にまみれた手でリリアの靴を掴もうと、這い寄った。 だが。


「……汚いです。触らないでいただけますか?」


リリアは、ゴミを見るような、あるいは実験器具の不備を見るような、全く温度のない視線を投げかけた。


「陛下、お言葉ですが、その『無効化』はお断りいたします」


「な……何だと、リリア? 汚名を雪ぐチャンスなのだぞ?」


「汚名など、私にはもうありません。実績がすべてを塗り替えましたから。……それに、私にとってこの男は、もう『研究対象』ですらありません」


リリアは冷ややかに、這いつくばるアルベルトを見下ろした。


「アルベルト様。貴方は私を『不要』と言いました。……今、その言葉をそのままお返しします。貴方は、私の人生、私の経済圏、そして私の世界にとって、一ドットの価値もない『不純物』です」


「リ、リリア……! お願いだ、見捨てないでくれ!」


「コアさん。彼を『清掃員』として登録。感情抑制の魔法を最大出力で。……叫ぶ声さえ、私のダンジョンには騒音ですから」


『了解、リリア。……ふふ、最高の「ざまぁ」ね。彼、自分がゴミとして処理されるのを理解した瞬間、魂が抜けちゃったみたいよ?』


3. 王の謝罪と、新時代

アルベルトとセシリアが、衛兵たちによって引きずられていく。 かつての公爵令息が、無様に「離してくれ!」と叫ぶ声だけが、虚しく広間に響き、消えていった。


静寂が戻った広間で、エドガル王は再びリリアの前に立った。 今度は、王冠を脱ぎ、一人の人間として、彼女の前に跪いた。


「リリア・フォン・エルグレン。王国の最高権力者として、改めて謝罪する。君の価値を見抜けず、この手で一度は捨てた愚行を……どうか、許してほしい。これからは、君がこの国の『光』だ」


リリアは、王の謝罪を黙って受け止めた。 感動はない。ただ、これでようやく「邪魔者が消えた」という、実務的な安堵があるだけだ。


「……陛下。謝罪は十分です。その代わりに、新しい契約書にサインをいただけますか? 貴族制度の抜本的な見直しと、能力至上主義による税制改革の案です」


「……はは、どこまでも現実的だな、君は」


王は苦笑しながら、差し出された書類にペンを走らせた。


4. 最後に笑う者

数日後。 エルグレン領のダンジョン入り口では、元公爵家の兄妹が、ボロボロの作業着を着て、スライムの粘液を掃除していた。


「……あ、麻痺が……手が、痺れて動かないわ……!」 「黙って働けセシリア……。逆らえば……あの霧の中に、入れられるぞ……」


彼らが見上げる先。 ダンジョンのバルコニーには、優雅に紅茶を楽しむリリアの姿があった。


「コアさん、今日の気分は?」


『最高よ。あそこの元お坊ちゃんが転ぶたびに、良質な「屈辱の魔力」が回収できるわ。効率的ね、リリア』


「ええ。殺さない、奪わない。ただ、相応しい場所へ再配置する。……これこそが、私の魔法です」


リリアは、遠く広がる自分の領地を見渡した。 そこには、かつての「無能」と呼ばれた少女の面影はどこにもない。


彼女はただ、完璧に管理された世界で、誰よりも自由に、そして誰よりも残酷に微笑んでいた。


【最終報告:完結】


資産状況: クラウゼン公爵家の全財産を吸収。王国第一の経済圏へ。


人的資源: アルベルト&セシリア(ダンジョンの永久清掃員として固定資産化)。


リリアの結論: 「無能」という言葉は、それを使う側の想像力の欠如に過ぎない。


「さて、コアさん。次は何を管理(支配)しましょうか?」


『……世界、いっちゃう?』


リリアは答えず、ただ静かに、最後の一口の紅茶を飲み干した。


(完)


物語を最後までお楽しみいただき、ありがとうございました!


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