第8話: 王様、私を無能と言いましたよね?

第8話:


王様、私を無能と言いましたよね?


王都、白亜の謁見の間。 天井高く掲げられたシャンデリアが放つ光は、磨き上げられた大理石の床に反射し、並び立つ貴族たちの刺々しい視線を強調していた。


「リリア・フォン・エルグレン、前へ」


重厚な沈黙を切り裂いたのは、玉座に鎮座するエドガル王の声だった。 その隣には、顔を真っ青にしながらも必死に虚勢を張るアルベルトと、震える指先で扇子を握りしめるセシリアの姿もある。かつてリリアを「無能」と断罪し、追放の片棒を担いだ者たちが、今や裁かれる側のような顔でそこにいた。


リリアは静かに、ドレスの裾を揺らして歩を進めた。 その足音は驚くほど軽い。だが、彼女が通るたびに、周囲の貴族たちは微かな「圧」を感じて後ずさりした。それは魔力の威圧ではない。彼女が背負ってきた「実績」という名の、あまりにも巨大な影だ。


「……お呼びにより、参上いたしました。陛下」


リリアが深く頭を下げると、さらりと淡い色の髪が肩から零れた。


1. 問いかけと、冷徹な回答

「リリアよ。……聞き捨てならぬ報告が届いている。君は、たった一人で国境の軍勢を無力化したという。さらには、王国の税収の二割に相当する額を、わずか数ヶ月で稼ぎ出したとも。……これは事実か?」


王の問いに、謁見の間がざわついた。 「あり得ん」「何かの間違いだ」「女一人が軍を……?」 そんなささやきを、リリアは透明な瞳で一蹴した。


「事実です。……いいえ、正確には『効率化』の結果に過ぎません」


リリアは懐から一束の巻物を取り出し、それを広げた。


「陛下、そして諸侯の皆様。私が『無能』として追放されてからの、エルグレン領の収支報告です。……アルベルト様、以前貴方が仰いましたね。『攻撃魔法も使えない女は、税を食い潰すだけのゴミだ』と」


名指しされたアルベルトが、びくりと肩を揺らした。


「そ、それは……! 実際に、お前は一発の火球すら放てなかったではないか!」


「ええ、放てません。ですが、火球一発で殺せるのはせいぜい数人。……私の『睡眠(スリープ)』と『麻痺(パラライズ)』の同時展開なら、一度に四千人を、一兵も損なうことなく『資産』として確保できます」


リリアは淡々と、しかし心臓を掴むような冷たさで続けた。


「陛下。殺せばそこで終わりです。死体は金を産みません。ですが、生かして捕虜にすれば、隣国からの身代金、労働力、そして戦後交渉の強力なカードになる。……今回、私が確保した四千二百名の兵による経済的価値は、王国の軍事費三年分に相当します」


2. 数字が暴く「無能」の正体

「な、何を馬鹿な……! 戦争は、武勇と魔力の高さを競うものだ! そんな姑息な手段で得た数字など……!」


アルベルトの叫びは、もはや負け犬の遠吠えにしか聞こえなかった。


「アルベルト様。貴方の言う『武勇』の結果がこれです」


リリアはもう一枚の書類を提示した。


「貴方が管理していた旧領のダンジョン。無理な火力制圧を繰り返した結果、魔物の生態系が破壊され、来場する冒険者の死亡率は三割上昇。結果として、ギルドからの指名が激減し、昨年度の収益はマイナス四〇%。……これを『有能』と呼ぶのであれば、王国の算術教育を根底から疑わざるを得ません」


「う、ぐ……っ!」


「お黙りなさい、アルベルト」 王の重苦しい声が響いた。王は身を乗り出し、リリアを凝視した。 「……リリアよ。余は、魔力の強さこそが正義だと信じてきた。ゆえに、君の追放を容認した。だが、今、君が見せているのは……余が知る魔法とは、別の何かだ」


「いいえ、陛下。これもまた、魔法です。ただ、使い道を変えただけ。……毒は、薄めれば薬になります。恐怖は、管理すれば治安維持の道具になります。……そして『役立たず』と呼ばれた女は、使い方次第で国を救う盾になる」


リリアは一歩、王の方へと踏み出した。


「陛下。私は復讐に来たのではありません。……ただ、確認しに来たのです。数字と実績、そして救われた命の数。……これらを見ても、まだ私は『無能』でしょうか?」


3. 沈黙と、公式の謝罪

謁見の間は、水を打ったような静寂に包まれた。 先ほどまでリリアを嘲笑していた貴族たちは、一様に俯き、目を合わせようとしない。 彼らには理解できたのだ。リリアがその気になれば、この広間を瞬時に「眠りの地獄」に変え、誰一人傷つけることなく、王国の権力構造を根底から覆せることを。


暴力よりも、破壊よりも、抗いがたい「管理」。 彼女が手にしたのは、もはや魔法という枠を超えた「秩序」そのものだった。


やがて、エドガル王が深く、重いため息をつき、玉座から立ち上がった。 そして――王国の頂点に立つ男が、一介の元令嬢に対し、深く頭を下げた。


「……リリア・フォン・エルグレン。余の目は曇っていた。君という稀代の才を『無能』と呼び、国から追いやった非を認めよう。……すまなかった」


周囲から、息を呑む音が聞こえた。 アルベルトは膝から崩れ落ち、セシリアは持っていた扇子を床に落とした。


「……お顔を上げてください、陛下。謝罪の言葉より、今後の予算措置と、私のダンジョンの完全自治権、それから――」


リリアは冷徹に、しかしどこか満足げに微笑んだ。


「アルベルト様とセシリア様。お二人には、我がダンジョンで『一ヶ月の強制清掃奉仕』を命じていただきたい。……状態異常への耐性を、身を以て学んでいただくために」


「な……ッ! 掃除だと!? 公爵家の私に、そんな――」


「拒否すれば、クラウゼン家の資産凍結、および軍事費横領の再調査に入りますが?」


リリアの瞳に、コアさんのような皮肉な輝きが宿る。 アルベルトはそれ以上、何も言えなかった。彼の背後には、すでにリリアの「数字」に心酔した監査官たちが、目を光らせて控えていたからだ。


4. 逆転のその先へ

謁見を終え、王城の廊下を歩くリリアの脳内に、相棒の声が響いた。


『……お疲れ様、リリア。王様の頭を下げさせるなんて、最高にスカッとしたわね! あの公爵令息の顔、まるで腐ったカボチャみたいだったわ!』


「……ふふ、コアさん。少し言い過ぎですよ」


リリアは窓から見える、遠くのエルグレン領の空を見つめた。


「でも、これでようやく、誰にも邪魔されずに『研究』が続けられます。殺さない魔法が、どれだけ世界を豊かにできるか。……私たちのダンジョンは、これからが本番ですよ」


『ええ。次は隣国の王様でも招待しちゃう? 入場料、金貨一万枚くらいふっかけてやりましょう!』


リリアは小さく笑い、真っ白な手袋を直した。 かつて「役立たず」と蔑まれた少女は、今、王国の運命をその指先一つで操る、最も美しく、最も恐ろしい「管理者」となっていた。


【今回の収支報告:王都召喚編】


収益: 国王からの公式謝罪、およびエルグレン領の完全自治権獲得。


人的資源: アルベルト&セシリア(清掃員として確保。教育コスト高め)。


評価: 「無能」から「王国の守護者」へカテゴリー変更。


リリアの所感: 「王様の首の角度が十五度ほど甘かったです。次はもっと深く下げさせましょう」


「さて、コアさん。帰ったら新しいスライムの配合を変えましょう。……もっと『幸福感』の強い、一度入ったら出たくなくなるような、極上の眠りを」


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