「開けるな」のおせち箱

1. 「開けるな」のおせち箱

 12月29日。

 辺りは裸の木が目立ち、北風も強く吹き込むこの頃。

 年末二日目を迎えたキーセンター鏡商店は、珍しく忙しない日々を送っていた。


 この時期になると、鍵が鍵穴に差し込めない事や、鍵が折れるなどの理由で施錠不可問題が多発し、いつもに増して鍵の修理・施錠依頼が殺到しているのだ。


 鍵屋の娘である宝鏡ほうきょう 花子はなしは、店主でもある宝鏡 美藍みらんに店番を頼まれ連絡等を任されていた。

 兄の花太郎はるたろうも一緒に店番を任されていたが、近所の人が鍵のことで問題を起こしたらしく、工具箱を持って対処しに行った。


 固定電話が鳴り響かない間、花子は何枚ものの年賀状書きに集中していた。

 普段はぼんやりして、人より興味関心が薄い彼女だが、美藍から「早く書け」と忠告され、マイペースながらも文字を書き続ける。


 依頼先で仲良くなった人、学校の友達 十文字 《じゅうもんじ》ラムネと犬童けんどう 狛智こまち


 そして、切開四せっかいし ひとや

 この聞き馴染みのない苗字を持つ男こそ花子が唯一興味関心がある人物である。


花子「せっかいし……ひとや」


 花子は慣れない漢字に苦戦し、ペンを持つ手が震えていた。


 数十分後、キリのいいところで休憩をしようと立ち上がった時。固定電話がけたたましく鳴り出す。急いで受話器を翳すと聞き馴染みのある声が発信された。


美藍「もしもし? アタシ、美藍」


花子「美藍さん」


美藍「おう、今丁度依頼が全て終わったからこれから帰るな。もう少し待っててくれ。ハル(花太郎のあだ名)の方はどうだ?」


花子「今、近所の方に行ってるって。もうすぐ帰ってくると思う」


 花子はそう淡々と返すと、「分かった」と安堵した声色で美藍が話す。


美藍「じゃあ、そろそろ切るな。あったかくしてろよ」


花子「うん」


 美藍は「じゃあな」と一言添えて電話を切った。

 受話器を戻し、花子は冷蔵庫からリンゴジュースを取り出す。


 雪が降りそうな気温の中でも、冷たい物を口に入れたくなるのは人間の本性なのか。暖かくしろと先程言われたばかりだが、花子はコップに注いだ瑞々しい飲み物をくいっと飲み干した。



 やがて、美藍の車が店の前に現れる。運転席を降りた作業服の彼女は、金髪のセミロングを靡かせて工具箱を片手に帰ってきた。


美藍「ハナ、ただいま」


「美藍さんおかえりなさい」美藍から工具箱を受け取り、指定の位置に置く。


 草臥れた顔をしていた美藍だが、花子の仏頂面を見てどこか安堵した表情になる。花子は美藍にお茶を出すと、愚痴混じりの話をつらつら吐き出した。


 何でも壊れた鍵の修理をしなければならないらしい。一度折れた鍵破片は、二度と使えることはなく、一から鍵を作りなおさらないといけない。

 

 しかし、それは依頼現場で出来ることではなく自宅で修理するしかないのだ。


美藍「取り敢えず、その場で仮鍵は作ったからさ。なるべく早く作らねーと」


花子「へぇ」


美藍「やべ、車の中に忘れ物をした。お茶ありがとな」


 美藍はそう言って車の中に戻っていく。


 師匠も走るほどの忙しい月と言われた師走。並びに、鍵修理の師匠でもある美藍も走るほどの忙しさだった。


 それから程なくして兄の花太郎も帰ってくる。玄関から出迎えると、頬と鼻を赤くして身震いさせていた。


花太郎「ふぅ、何とか片付いたよ。それにしても外は寒いなぁ」


花子「お兄、お茶」


花太郎「ありがとう花子。僕が出かけてる間、何もなかった?」


「ううん」電話をも何もなかったと言う意味を込めて首を振ると、花太郎はほっと胸を撫で下ろしていた。


美藍「お、ハルも帰ってきたか。おかえり」


 車から戻ってきた美藍が、花太郎に声をかける。花太郎もそれに元気よく「ただ今戻りました」と返した。


 宝鏡家は現在、花子と花太郎、美藍の三人暮らしだ。しかし花子と花太郎は実の兄弟であるが、美藍とは血の繋がりのない。


 それは美藍の母親と父親が養子縁組を組んで、花子たちを招き入れたのだ。


 美藍と出会い前後、それまで花子と花太郎は壮絶な経験をしてきたが、その話はいつかまた後でにしよう。


美藍「そう言えば今日さ、ちょっと離れた寺の所にも行って来たんだ。蔵の鍵が開かなくなったって言っててさ」


花太郎「え、お寺ですか? 確かに、年季が入ったものって錆び付くと大変ですよね」


美藍「そうなんだよなー。普通の潤滑剤でやると大変だから、この時期になると鍵屋って意外と忙しくなるんだよ」


 美藍は肩を回して疲れを解し、先程の寺の話をし始めた。





 時間は二時間前に遡る。

 美藍の依頼先、麻塩あえ寺は山奥にひっそりと建っていた。寺の大きさに負けないくらいの蔵鍵の施錠を美藍は試していた。


美藍「うん。よし、これでいいだろ。鍵穴の方はなんとかなりましたよ」


住職「おぉ、本当ですか。ありがとうございます」


 寺の住職は柔らかな雰囲気の男性だ。彼のお礼に美藍はじんわりと胸が温かくなる。


美藍「いや、良いんですよ。お役に立てて良かったです。それにしても大きな蔵ですね」


住職「いやぁ、使わない物を仕舞い続けていたらいつの間にか一年が過ぎようとしてましてねぇ。漸く仕事もひと段落して、蔵を開けようとしたらピクリともしなかったんですよ」


美藍「あー。それはあるあるだな。ですが、錆がつくと余計に鍵の調子が悪くなるので次からは、鍵についた埃を拭くだけでも変わりますので」


 住職の穏やかな口調に、美藍も倣ってそこまで注意することはなかった。


住職「鍵師の宝鏡様、ありがとうございました」


美藍「いえいえ、もし鍵のことで何かあればまた連絡してください。……ん?」


 美藍は視界の隅で何かが動くのを確認する。不意にその方向を向くと、そこは霊園で夥しい数の墓石が並んでいた。

 そこで、遠目だが花束と桶を持って墓前を歩く人を見かけた。


美藍「こんな時期に墓参りすると人がいるのか」


住職「宝鏡様はお墓参りのご予定は?」


美藍「いえ。特には……。お彼岸参りはしましたし。あ、墓参りというか大掃除をしてなくて……」


 美藍は作業部屋に散らかった物たちを思い出して苦笑する。それだけではなく、自室も人を招ける程の清潔さが失われており、その清掃もしなくてはならない。


住職「そうですか。じゃあ、急いでやらなくてはいけませんねぇ」


美藍「え、急いで? あぁ、確かにそうですね。次の年を迎える前にやる事を残すのも変ですからね」


住職「いえ。じゃありませんか」

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