昔仲良かった男の子

その後。

フェルネスはベッドから起き上がれなかった。疲れていたのもそうだが、動きたい気分ではなかった。

目に涙が溜まっている。

するとコンコンとノックされた音がした。フェルネスは身構えた。

「奥様ー?」

サザンカだった。返事をしないでいると、控えめにドアが開いた。

「奥様、如何なさいましたか?」

サザンカはフェルネスに近づいた。

「奥様っ、どうされました?泣いてらっしゃいますよ」

フェルネスはやっと顔を上げた。

「大丈夫よ、サザンカ…。ちょっと色々あって」

「その色々、聞かせてもらってもいいですか?」

フェルネスは吹っ切れてサザンカに全て話した。

「そんな事が…。グラジオラス様ったら大胆ですねぇ」

「そんな事どうでもいいのよ。私のハジメテはあの子とやりたかったのに」

「あの子?」

「えぇ…。初等部の時に出会ったあの子…」


フェルネスは王都にある貴族校に通っていた。そこは幼等部から初等部、中等部、高等部と続く小中高一貫教育校だった。

大体の学生は幼等部から通うが、クラスに5、6人程初等部から入学して来る子がいる。

その男の子もそうだった。

その男の子はよく外で花を見ていた。

その年園芸委員だったフェルネスは花を見る男の子と会うことが多かった。

「貴方、花が好きなの?」

そうフェルネスが話しかけた。この頃から強気だった。

「う、うん。花を見てると気分が落ち着くんだ。君も花が好きなの?」

「えぇ。好きじゃなかったら園芸委員なんてならないわ」

フェルネスの通う学校は委員会が自由制だった。

「…貴方、名前はなんて言うの?」

「僕?僕は――だよ。」

「へぇ。私はフェルネス。よろしく」

その日を境に2人はよく喋るようになった。花の話やお互いの話をした。

「お母様にサッカーを始めないかって言われてて…。」

「サッカー?やってみればいいじゃない。合わなければ辞めてしまえばいいのよ」

「そっ…か。ありがとうフェルネスちゃん。僕、やってみるよ」

サッカーを始めた彼はクラスのサッカーをやっている他の男子とも馴染むことが出来たようで、フェルネスとも花壇に来ることは無くなってしまった。

(やってみればなんて言わなければ良かったかしら。…ちょっと、彼の夢を潰すようなこと言わない)

そこでフェルネスは彼に特別な感情を抱いていることに気づいた。

学校は恋愛禁止ではなく、中等部、高等部に通う先輩に付き合っている人はいる。

好きなのに会えないという悶々とした日々を過ごしながら、いつか来ることを願って花壇の花に水をあげ続けた。

そして初等部卒業の日が来てしまった。初等部は初等部棟という建物で過ごすが、中高からは中高女子棟と中高男子棟に別れてしまうため、初等部を卒業してから非意図的に男子に会う確率はゼロに等しい。

最後の日。フェルネスは特に用は無かったものの、花壇の前で待っていた。たまに近くのブランコに乗ったりしたが、来ることは無かった。

落胆して靴箱に戻ると、靴箱の中に紙が入っていた。

『フェルネスちゃんへ

お久しぶりです。元気ですか?

最近花壇の方に行けてなくてごめんなさい。

もう会えないかもと思い手紙を書きました。

僕は今サッカーを頑張っていて、クラスの子たちとも馴染めています。

これも全部フェルネスちゃんのおかげです。

さっきもう会えないかもしれないと書きましたが、僕はまた会えると信じています。

その時には伝えたいことがあります。なので絶対会いましょう。

         また逢える日まで ――』

「…馬鹿だなぁ」

少し涙混じりの声でフェルネスは言った。大人びて見える字が、あの頃と違うことを実感させた。


それから初等部の時より難しくなった勉強や新しく始まった部活で忙しくなった中等部のせいで、2人は中々会えなかった。そこで痺れを切らした中等部3年になったフェルネスは中高男子棟に行ってみることにした。

男子棟の職員室に顔を出すと、初等部6年の時に担任をしてくれた先生が対応してくれた。

「――さんって何組ですか?」

「あー、――さんね。転校しちゃったんだよ。急に。」

その言葉に目の前が暗くなった。予想だにしなかった言葉はフェルネスの胸に深く突き刺さった。

「そうですか。ありがとうございます」

フェルネスは逃げるように中高男子棟から出た。

(馬鹿。馬鹿、馬鹿馬鹿!)

彼女は心の中で呟いた。

(手紙くらい寄越してくれればいいのに!どうしてそんな急に…。)

男の子が転校してしまった後、彼女は淡々とした日々を過ごした。同級生の子に告白されて付き合ったりしたが、1ヶ月もしないうちに別れてしまった。彼氏に「フェルネスって俺のこと好き?俺といるとき楽しくなさそうなんだよね」と言われたのがきっかけだった。

確かにフェルネスは彼のことは好きでは無かった。ずっとあの男の子のことが忘れられなかった。

そこでフェルネスは決めた。

(私、彼と結婚してやる。絶対再会してみせる)

そこから彼女の結婚反対生活が始まったのだ。


「…なるほど。甘酸っぱいですねぇ」

「そうね。あの頃は全然そんな感じはなかったけど、そう考えると甘酸っぱいわよね」

するとサザンカの顔が急に真剣になった。

「では奥様は、この家にいるつもりはないのですか?」

フェルネスは言いづらくて黙った。

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結婚反対派の嫁ぎ先 黒井ちご @chigo210

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