初めましての1日

馬車が止まった場所は豪とは言えないが小綺麗な屋敷だった。召使いがドアを開けてくれ、ゆっくりと馬車から降りた。

「へぇ…。ここが婚約者さんのお屋敷…。」

(結構綺麗じゃないの。自然豊かで悪くないわね…。って、ダメダメ。私は家に帰るんだから)

そう胸に言い聞かせ、召使いの後を着いて行った。

ドアを開けて「グラジオラス様、フェルネス様をお連れしました」と呼びかけた。

すると奥の部屋から写真で見た通りの男が出てきた。

「ありがとうタイム」

男は呟いた。見た目に合った低い声だ。男はフェルネスに向き合うと、お辞儀した。

「グラジオラス・フィグです。グラジオラスでも旦那様でも何でもお呼びください。」

「えぇ。私はフェルネス・アルメリア。グラジオラス様とでも呼ばせていただくわ。」

「では、私はフェルネスと呼ばせていただこう」

(初対面で呼び捨て…。まあ、貴族出身の男なんてそんなものか)

グラジオラスはフェルネスの後ろ―召使いに目線を向けた。

「お前も挨拶しなくていいのか?」

「あっ、タイム・ヒメジョオンです。呼び方はタイムでいいです。」

「そう…。よろしく、タイム」

そしてグラジオラスは背を向け、歩き始めた。

後ろをついて行くと壁に付けられたドアの前で止まった。

「ここがフェルネスの部屋だ。好きに使ってもらっていい」

ガチャと音を立てて開いたドアの向こうには花草生える庭を向けた広い部屋があった。

「わぁ…!」

フェルネスは素直に手を合わせて感嘆した。

「反応からして気に入ってもらえたようだな。それは良かった」

フェルネスは部屋に足を踏み入れた。

「荷解きなど色々あるだろう。我々は失礼しよう」

パタリとドアが閉められ、フェルネスは部屋に1人になった。

とりあえずベッドに腰を下ろした。

(グラジオラス・フィグね…。フィグなんて貴族聞いたことないわ…。悪い人では無さそうだけど…。貴族なんて何考えてるか分からないし…。でも宮殿の騎士なんだっけ。裕福確定の生活を手放すなんてよっぽど騎士になりたかったのね)

物思いにふけるもの程々にし、持ってきたドレス類をクローゼットに仕舞った。

やる事もなくなったのでベッドに寝転んだ。しばらくしてフェルネスの瞼は完全に閉じた。


「フェルネス様!」

声が聞こえた。

(…あの男の子?高くて綺麗な声)

「フェルネス様っ、起きてくださーい」

すると声が少し変わった。

「ん…えぇ…」

目を開けると、タイムの顔が見えた。

「あれ、タイム…」

「ご夕食が出来上がりました」

「あぁ…ありがとうタイム」

ベッドから起き上がり、タイムの後をつきダイニングに向かった。

ダイニングのイスにはもうグラジオラスが座っていた。

「遅かったな。大丈夫だったか?」

「はい。少し昼寝を」

フェルネスはグラジオラスの目の前の席に座った。

「只今料理を運んできます」

奥に戻ったタイムから目線を外し、フェルネスに向き直った。

「ご飯はタイムが作っているのですか?」

「いや、女性の使用人が作っている。…不安か?」

「いえ、そういうわけでは」

沈黙の時間が流れ、気まずくなる。

「あの…」

「そういえば」

被ってしまい気まずくなったのかひとつ咳払いをした。

「何故対面に座っている?」

フェルネスは目をぱちくりさせた。

「え、普通ではございませんか?」

グラジオラスは立ち上がると、フェルネスの横のイスに座った。

「えっ…」

「私は隣に座るものだと思っていたが」

動揺して何も言えない。

(とりあえず退いてもらわないと…)

声を出そうとした時、後ろのドアが開いた。

「グラジオラス様、奥様!お料理の準備が出来ましたよ!」

長い髪をポニーテールに束ねた活気良さそうなメイドが入ってきた。

「お、奥様…?」

「え?はい、グラジオラス様の婚約者様なので奥様です!」

机の上に夕食を置いていく。もうグラジオラスのことを言う気はなくなっていた。

料理は元家の料理と同じくらい美味しかった。多分メイドの手捌きが良いのだろう。

「えーと」

「あっ、私はサザンカ・ルリタマアザミです。呼び方は何でもいいですよ!」

「じゃあサザンカ。この料理、すごく美味しいわ」

サザンカは目を見開いた。心做しか頬も赤く見える。

「今まで料理を褒めてもらえたのはグラジオラス様と親以来です!お褒めに預かり光栄です!」

「へぇ…。その前にも料理人の仕事を?」

「あ…はい。宮殿の方で下っ端ですが料理人を」

「まぁ、腕に間違いはないようね」

ナプキンで口元を拭き、身近に置いた。

「ありがとう。美味しかった。」

立ち上がろうとすると、グラジオラスが手首を掴んだ。

「グラジオラス様?」

ハッとしたグラジオラスは「何でもない」といい、ナプキンで口元を拭いた。

首を傾げながらもフェルネスはダイニングを出た。

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