第4話 眠れない夜。

 文化祭まで残り6日となった休日の夜。俺の生活拠点である児童養護施設愛月学園の居室では四人が各々活動していた。


 平和は21時だというのに既にベッドに潜り込んで静かにしている。彼は電気が点いていてもいつも問題なく寝ることができた。今日も例外ではなく、明かりの点いた部屋で唯一静かな寝息を立てている。


 「曙高、今週文化祭じゃん! お前ら何するの?」


 施設で同室の豊くんが声を掛けてきた。俺は漫画を読むのをいったんやめて1歳年上の彼の方を見る。


 「俺らのクラスはダンスと劇! 豊くんも翼くんも来れたら見に来てよ」


 「行く行く! 翼も行くべ?」


 豊くんは、明日までの宿題に向き合って頭を垂れている翼くんに声を掛ける。翼くんは、話を持ち掛けられたのが嬉しいのかパッと顔を上げた。


 「行きますよ。でも、平和くんはともかく、スキップもできない七星くんがダンスをするんですか?」


 「それがね翼くん! 俺、スキップできるようになったんだ!」


 「凄いです!!」


 翼くんは完全に宿題を投げ出したのか、シャープペンを机に置いた。


 「あと、平和は踊らないし劇も出ないから」


 「マジかー、つまらん」


 「まあ、行事とか嫌いそうですしね」


 「新徳もそろそろ文化祭だよね? 二人は何すんの?」


 「僕らは仮想パレードで魔法少女になります」


 「ええ!?」


 ガタイのいい翼くんの魔法少女姿を想像すると、俺はつい笑ってしまった。それをすぐに悟ったのか、豊くんもニヤッと笑う。


 「翼の魔法少女は本当にウケるからな、ちゃんと来いよ」


 「もちろん! 平和も一緒に来てくれるかなー」


 偶然にも曙高校と新徳高校の文化祭は一週間ずれており、お互いに見に行くことができる。俺は、自分の文化祭も施設のお兄ちゃんたちの文化祭も楽しみだった。


 「でも、とりあえず翼は宿題終わらせよーな」


 「えーもういいですよ、わからないですし」


 「頑張ってよ翼くん」


 「翼、ファイトー」


 俺と豊くんのエールに、豊くんは溜め息を吐いてシャープペンを再び持った。


 ちょうどその時だった。


 平和がガバッと勢いよく上半身を起こした。本当に勢いがよかったものだから、俺たち三人は驚いて肩を上げた。俺なんかはつい声まで出してしまった。


 「びっくりしたぁ……うるさかった?」


 俺が声を掛けるが、平和はまるでこちらを見ようとしない。真っ直ぐに前を見たまま、静止している。


 「おーい、平和?」


 豊くんが、てっきりうるさくして平和が怒っていると思ったようで平和の方へ歩み寄った。それでも平和は豊くんの方も見ない。


 豊くんが、平和の肩に手を置いた。そこで、ようやく平和は豊くんの方を見る。目をパッチリと開いていて完全に目が覚めていた。


 「うるさくして悪かった」


 「……あー、いや、変な夢見ただけだから」


 そう言って、平和は豊くんの手を払い除けてベッドから出る。


 「あれ、寝ないの?」


 「水飲みに行くだけだわ」


 俺に答えると、平和はさっさと部屋を出て行った。


 「平和くん、最近よく急に起きますよね」


 「それな。この前、俺が夜中までゲームしてたら急に起きたからマジでビビったわ。てかさ、9時に寝るのが早すぎなんだって」


 高校2年生の言葉は、俺の知らないことだった。


 最近、ちゃんと眠れていないと言うことなのだろうか。


 結局、平和は30分ほど部屋には戻ってこなかった。



 深夜の2時になったが、なかなか寝付けずゴロゴロと何回も寝返りを打った。


 豊くんも翼くんも日付が変わる頃には部屋の電気を豆電気にして眠りに点いた。この部屋は、平和が来たときからずっと豆電気で寝ることが決まっていた。


 平和も居室に戻ってきてから、すぐに寝ていた。だから今起きているのは俺だけだ。


 俺は、夜中に寝付けないのが嫌だった。この一人きりの時間になると、母親のことを思い出す。女手一つで育ててくれた母は俺が小学4年生の頃に他界した。


 大好きだった母にもう会えないのだと感じる度、孤独感が俺を支配する。病気で大変だったはずなのに、母は俺の為にいつも笑ってくれていた。あの、優しい母に会いたい。


 思い出すと涙が出そうになり、枕に顔を埋めた。俺は、母の分まで笑って生きようと決めたんだ。泣くわけにはいかない。 


 「雪名、起きてるんか」


 「え」


 突然、向かいのベッドから声がした。埋めていた顔をそちらに向けると、平和が寝転びながらこちらを見つめている。


 「何か寝付けなくてさ」


 「……そう」


 「平和、また変な夢見たの?」


 「まあ、そうだな」


 平和は俺の質問に答えると、目を細めた。いつも早寝早起きの彼が夜中に起きているのが俺にはとても新鮮だ。中学3年生の修学旅行でだって彼は周りが盛り上がる中、一人だけ22時には夢の中だった。


 「……ねえ、平和のお母さんってさどんな人だった?」


 俺は母との思い出から抜け出せないまま平和に聞いていた。施設では、お互いのことを聞かないのが暗黙の了解だった。俺も施設生活は長いが、誰の入所理由も知らない。平和のことも、豊くんのことも翼くんのことも何も知らない。


 「フツーの人。男を見る目はないし、すぐ怒る」


 「平和はさ、お母さんとたまに会ってるけど、また一緒に暮らしたい?」


 「……どうだろうな」


 「いいなぁ、お母さんに会えて」


 俺は、母親と外出できる彼が羨ましかったのだろう。無意識にそんな言葉を言ってしまった。


 平和は、一度口を開いたがすぐに閉じて言葉を飲み込んだ。それを見て、自分が無神経なことを言ったと気づく。自分にとっての母親と、彼にとっての母親は違う。


 「ごめん」


 「いや、気にするなよ。お前がそう思うのはフツーのことだろ」


 平和はそう言って俺に背中を向けた。


 俺は彼に気を遣わせてしまったことがショックで、結局この日は寝付けなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る