第5話 苛立ちはどうしたらいいのか。
翌日、平和は何事もなかったかのように普通に話しかけてくれた。俺は謝ろうと思っていたが勇気が出ず、結局なあなあにしていつも通り接していた。
迎えた文化祭当日、俺たち1年生のダンスは無事に終了した。下手くそと笑われたダンスも、平和のおかげで俺を含め男子全員まともになったことで格好いいダンスに仕上がったと思う。
「ピース、俺どうだったよ!? 一番輝いてたんじゃね?」
出番が終わって、六里は真っ先に平和に歩み寄った。平和は六里のやりきった感溢れる笑顔に、仏頂面で答える。
「まあ、見れねぇもんじゃなくなったな」
「何だよそれー! 俺、家でも練習したかんな!? 相当うまくなってただろ!!」
「悪くはねーんじゃねーの?」
「うまいって言ってよ!!」
六里が項垂れるのを見て、平和はおかしそうに口許を緩ませる。俺も、二人を見ていると何だか微笑ましかった。六里がいると、周りの人が楽しそうに笑う。
「そーいえば平和さ、豊くんたち見つけた?」
「ん? 見てねぇけど」
「そっか」
「あー、二人の先輩? わざわざ見に来てくれるとか優しいじゃん」
「んー、まあ、そうかも」
俺は六里に相槌を打ち、周囲を見渡す。クラスで固まっていれば自由席でいいということで、俺たち三人は1年1組の中でも最後尾に陣取っていた。後ろを振り替えればすぐに外部から来ている客人が目に入る。
「んー、あ、あれ、タカアキくんじゃね?」
「あー、そーだな」
六里が指差した先にはガタイのいい男が隣に座る女子と話していた。彼は間違いなく、平和の小学生の頃の友達だ。
「女子の方もピースの知り合い?」
「いや、知らん」
「声掛けねぇの?」
「めんどくせぇ」
平和は本当に興味なさそうに貴明くんから目を反らす。話し掛けられれば話すが、自分からは特に話したいとは思わないらしい。そういうところは彼らしい。
「あ」
俺が何となく平和の旧友を眺めていると、その隣に豊くんと翼くんともう一人、男の人が座った。彼らは同じ学校なのだ、もしかしたら顔見知りなのかもしれない。豊くんたちと一緒に座った男性だけ高校生ではなくどう見ても大人だから、関係性はわからないが、彼も豊くんたちと談笑している。
「平和、豊くんたちいた! 次の休憩時間に声かけよーな!」
「はあ? ……ちっ、仕方ね……」
平和の言葉が途切れた。
「なした?」
六里が不思議そうに首を傾げる。
平和の視線は豊くんと翼くんたちの方に向いている。彼らは俺たちの視線に気づくことなく、隣に座る貴明くんと女子、それから男性と話していた。
「……いや、俺はいいわ。……どうせ、俺出てなかったし」
平和は珍しく力ない声で、自分の言葉を訂正する。
「いや、でもさ一応挨拶くらい……」
「……水飲みに行ってくる」
「え?」
平和は明らかに先程とは態度を変えて、慌てるようにしてその場を去った。それも、豊くんたちの前を通れば体育館の出入り口に近いのに、わざわざ迂回した。
「いつまで話込んでるんだよ! 次のクラスのやつ始まるぞ!」
「あー、悪い」
六里に肩を叩かれ、俺はステージに向き直る。
平和はその時間、体育館に戻って来ることはなかった。
※
午前中に1、2年生の出番が終わり、昼食時間となった。平和は結局、ずっと教室にいたらしく、本人曰く「眠くなかったから寝てた」と話していた。
明らかに体育館にいたときの彼の様子はおかしかったが、それを問おうとする勇気は出なかった。その代わり、普段通りに過ごしたくて、平和を一緒にご飯を食べようと誘う。
「いや、今日は無理だわ」
「え、何かある? 誰かと食う約束した?」
「今日は飯食う気分じゃねーんだよ」
「えっ」
平和はひどく疲れた顔をしていた。元から白い顔が更に白く見える。もしかしたら、大勢の中にいることが苦手な彼は文化祭の大騒ぎに疲れたのかもしれない。体育館に戻って来なかったのもそれが理由なのだろうか。
「んー、わかった」
「悪いな」
「いや、ゆっくり休めよ!」
俺が笑うと、平和も少しだけ口角を上げる。そして、そのままフラフラと教室を出て行った。
「あれま、フラれた?」
俺たちの様子を見ていたのだろう。六里が俺の元へ弁当を持って駆け寄ってきた。彼は交遊関係が広いため、俺と平和とご飯を食べたり、部活動の仲間と食べたり、他の友達と食べたりといつも定まっていない。今日はたまたま俺らと食べる気分だったようだ。
「何か食欲ないっぽい」
「ふーん、アイツさいつも教室にいないけどどこ行ってるんだろうな」
「さあ、図書室とかじゃね? 静かだしさ」
「ナルホド」
俺と六里は、それぞれの弁当を広げ文化祭の話をしてご飯を食べた。六里はご飯を食べるのに時間を掛ける人だから、俺が食べ終わってもまだ3分の1くらいご飯が残っていた。ご飯を食べるのが遅いと言うより、喋りすぎて箸が進んでいないというのが正しいかもしれないが。
この日も予鈴が鳴るまで彼はご飯を食べていて、予鈴を聞いた途端無言でご飯を掻き込んでいた。
結局予鈴が鳴っても平和は戻って来なかった。
※
「あれ、平和知らない?」
「まだいないのかよー、もしかして腹痛?」
文化祭が再開し、全校生徒が体育館に集まっても平和は来なかった。
六里が何気無しに言った腹痛と言うワードに、そうかもしれないと納得する。平和は学校では見たことはないが、学園ではよく腹が痛いのか腹を抱えて寝込んでいることがあった。その度に大丈夫なのか聞けば「大丈夫に決まってるだろ」と怒られた。
「俺、トイレ行ってくる」
「えー、雪名も? はやく戻ってこいよ。聡太先輩のバンド楽しみにしてたろ」
「わかってるよ」
俺は六里に頷いて、盛り上がる体育館から出た。
体育館を出て少し廊下を進んでも、あの盛り上がりの余波が残っていた。それだけ生徒が賑やかに騒いでいて、もしかしたら1階全体に響いているような気すらした。俺は、1年生教室がある3階まで迷わずに向かう。おそらく、平和がいるなら3階だろう。あそこならあのばか騒ぎの音が聞こえないはずだ。
3階の便所に向かったが、平和はいなかった。腹痛ではなくてサボりなのだろうか。俺は、次に1年1組の教室まで向かった。
平和は自分の席にいた。頭を机に突っ伏して、右手は彼の腹部を押さえている。どうやら、腹痛は正解だったが皆が体育館に向かったから教室まで戻ってきたようだ。
「平和」
隣まで行って、声を掛けた。
平和は驚いたのか、俺の声にガバッと上半身を起こす。右手は腹を押さえたままだった。
「……何しに来たんだよ」
「一緒に体育館行こうって」
「……一人で行けよ」
平和は声を低くして言う。やはり、顔色が良くない。
「平和、保健室行ったら?」
「行かねぇ。問題ねぇ」
「でもさぁ……」
「無駄に気遣うんじゃねーよ!! 腹が立つんだよ!!」
ガタン。
平和はイラついたのか、席から立ち上がると自分の机を誰もいない前方に力強く押した。机はその勢いで床に叩きつけられる。
平和がイラついたり、不調になることは学園ではよく見られることだったが、学校でははじめてだった。それに、俺に対してこんなに腹を立てている彼を見るのも、はじめてだった。俺はつい怖じ気づいてしまい、一歩離れた。
「無駄なお節介なんだよ、何なんだよ! 俺がいなくたってお前は楽しめるだろ!! 放っておけよ!!」
「俺は……できればお前と文化祭楽しみたいだけで……」
「それが押し付けなんだよ! 楽しいわけねーだろ、何も楽しくねー、うるせぇだけだ!! 他人が楽しそうにしてるのを見てると腹が立つ!」
平和は、腹を押さえたまま吐き出すように声を張り上げた。今日はすこぶる心身共に調子が悪いのだろう。
いや、今日はというよりも豊くんたちを見つけたあの時からかもしれないが。
「ご、ごめん……。お前が調子悪いのはわかったよ。無理に体育館に行こうって訳じゃないんだ。具合悪いなら、保健室行こって」
「行かねぇっつってんだろ、しつけぇなぁ!!」
平和は更にイライラして自分の髪を左手でぐしゃぐしゃに掻き回した。
俺は、彼が何に対してこんなにも腹を立てているのかわからなかった。検討もつかないことで、猛烈に不安になる。俺がここに来たのが悪かったのだろうか。それとも、保健室に行くよう促したからだろうか。
「はやくどっか行けよ! 俺は一人でいてぇんだよ!! 邪魔するな、俺の邪魔するな、腹が立つ……」
「わ、わかったよ。悪かったって」
俺は、彼との会話を諦めて教室を後にした。ドアを閉めてからこっそりとガラス窓から教室内を覗くと、平和は自分の机を思いっきり蹴る。そして、その場にうずくまった。
声を掛けたいのに、何て声を掛ければいいのかわからなかった。
俺は、そのまま一人で体育館に足を運んだ。
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