第2話 準備も張り切ってやらないとね。

 「よし、雪名、ピース!! 出陣じゃー!!!」


 「おー!」


 「ピースって呼ぶんじゃねぇ!」


 文化祭準備用の資金を持って、同級生の六里芽生が出発の音頭を取った。俺が六里と一緒に拳を上げる隣で平和が嫌そうに睨んでくる。


 六里はそんな平和を見て、ニヤニヤと笑った。


 「いいじゃん! お前の名前平和なんだからさ!」


 「……名前で遊ぶな、うぜぇ」


 「そんなこと言ってさ! どうせ中学でもピースってあだ名だったでしょ!」


 「中学でも呼ばれてたから嫌だっつってんだよ!」


 六里は最近になって平和のことをピースと呼ぶようになっていた。まあ、知り合ってから4か月も経ち馴染んだからだろう。その度に平和は苛々しながら抗議している。中学でも同級生に呼ばれて不機嫌そうにしていたから、本当にそのあだ名が嫌なんだと思う。


 「とりあえず行こう。遅くなったら女子に怒られちゃうし」


 「だな! 雪名、ピース、俺に遅れるなよ!」


 「意味わかんねぇし、何ならテメェだけまだ上履きじゃねーか」


 「あ、マジだ! 待って今履き替えるから!!」


 慌てる六里を置いて、俺と平和は学校を後にする。目指すのは歩いて20分ほどにあるデパートだった。


 「いや、ほんの数秒も待ってくれないとかお前ら酷くね!? 芽生くん泣いちゃうよ!?」


 「泣いていいよ」


 「何気に雪名も辛辣だよなー……」


 六里はブツブツと文句を言っていたが、俺も平和も気にせず、炎天下の下を歩く。今日は本当に暑くて、まだ外に出て数分しか経っていないのにすでにシャツに汗が滲みていた。


 俺たちの通う曙高校は文化祭が2日間ある。1日目はステージでの出し物発表。定番は歌やダンス、寸劇である。2日目は出店等の出し物。食べ物を売ったり、お化け屋敷をやったりという感じだ。


 我らが1年1組は、1日目をダンス、2日目を劇に決めた。どちらもよくありがちなものではあったが、1年生ということもあり冒険を避けた結果だ。といっても2日目の劇はよくやろうと思ったなと感心したが。


 六里は文化祭の実行委員として、俺は公正なるじゃんけんの敗者として物資調達係に任命された。平和は、文化祭の話し合いで一個も意見を出さなかったからという理由で駆り出された。はじめは「めんどくせぇ」と文句を言っていたが、もう一人の文化祭実行委員の椎川に「六里と雪名で大丈夫だと思うわけ?」と言われ諦めて同行した。そこで諦めた意味は解せなかったが、デパートに着いてからそれを思いしることになる。


 「えっと、ガムテープって100均にあったよな。あと、はぎれ?」 


 「はぎれって何に使うって言ってたっけ」


 デパートに着いて首を傾げる俺と六里を前に、平和は可哀想なものを見るような目をしていた。


 結局、全てのものを平和がさっさと買い物籠に入れてくれた。話し合いの最中は眠そうに欠伸までしていたのに、話はちゃんと聞いていたようで、どれを何に使うのか、どれくらい必要なのかを全て理解していた。


 「……双郷って凄いよな」


 「俺もそう思う」


 六里と頷き合っている間に、平和は物資を全て集め終えた。俺らはただの荷物持ち係になってしまった。


 「いやぁ、ピースがいてくれて助かったわ! よくお前メモも見てないのに全部わかったな!」


 「これくらいフツーだろ」


 「普通覚えられないって」


 俺らの称賛を聞いても大したことではないというようにすぐ歩き出す。俺たちも両手に荷物を持って彼に続く。


 が、突然平和が足を止めた。俺も六里もびっくりして一緒に足を止める。


 平和の視線の先は知らない男子高校生だった。あの制服は新徳高校のものだ。新徳高校はここから電車で1時間程のところにある。新徳高校は俺等の属する児童養護施設愛月学園からは遠いが、それでも数名通っていた。俺と平和の同室の二人も、新徳高校だ。


 「あれ、え、もしかしてへーちゃん?」


 男子高校生が平和に気付く。平和は「へーちゃん」と呼ばれ、まさか声をかけられると思っていなかったのか目を大きくした。


 「あー……貴明?」


 「そうそう! 久しぶりじゃん!」


 貴明と呼ばれた男は嬉しそうにはにかんだ。ガタイのいい彼は何かのスポーツをやっているのだろうか。俺ら三人よりもずっと大きい。


 「すげぇ偶然だなー! 元気だった?」


 「まあ、わりと」


 「そっか! まだ剣道やってんの?」


 「いや、やめた」


 「もったいねー!!」


 へぇ、剣道やってたんだ。


 貴明くんは、俺と六里の方を見て笑顔で「ちは!」と挨拶した。


 「へーちゃんの友達だよな? すげぇ荷物だけど」


 「文化祭の準備で来たんだよ」


 「そっか……いやぁ、何か安心したわ。急にいなくなったから」


 「あの時は、色々あったんだよ」


 貴明くんは平和の目を見て穏やかに笑った。本当に友達と再会したことを素直に喜んでいる様子だ。


 平和も小学生の頃の友人に懐かしさを感じているのか、表情は穏やかだった。恐らく、貴明くんは平和にとって仲の良い友達だったのだろう。


 「その制服って曙高だよな? 文化祭行くから、ちゃんと参加しろよ!」


 「いや、それはどーだろうな」


 「とか言って参加しちゃうだろ。へーちゃん、サボりとかできない人じゃん」


 よくわかってらっしゃる貴明くんの言葉に、平和は肩を竦めた。それから一言二言話して、貴明くんは去っていった。


 「ピースはダメなのに、へーちゃんはいいのね」


 貴明くんがいなくなると、真っ先に六里が平和をおちょくる。平和はすぐに眉間のシワを濃くした。


 「アイツがあーやって呼んでたのは小学生の頃からだ。今更だろ」


 「じゃあ俺もへーちゃんって呼ぶ」


 「やめろ、キメェ」


 「俺にだけあたり強くない!?」


 六里が凹んだのも気にせず、平和が再び歩き始めたので俺も歩き始める。六里も後から追ってきた。

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