第4話 対面
扉の向こうは、薄暗い部屋だった。
小さな窓から月明かりが差し込み、床に光の四角を描いている。部屋の奥に、座敷牢があった。格子で囲まれた狭い空間。そこに、人影が見えた。
俺は音もなく近づく。
刃を抜き、構える。標的は――
小さかった。
あまりにも、小さかった。
格子の向こうで、少女が座っていた。年は十歳にも満たないだろう。肩にかかる程度の淡い黒髪、華奢で儚げな姿。彼女は俺の気配に気づいたのか、ゆっくりと顔を上げた。
澄んだ青い瞳が、俺を捉える。
だが、そこには何の感情も浮かんでいなかった。驚きも、恐怖も、何もない。ただ無表情に、俺を見つめている。
「……」
俺は言葉を失った。
これが、標的?
この幼い少女が?
「見れば分かる」――長の言葉が、頭の中で反響する。これが、その意味なのか。俺に知らせなかったのは、標的が子供だからか。
少女は俺を見つめたまま、静かに口を開いた。
「また、殺すの?」
その言葉が――胸を貫いた。
また。
また、殺すのか。
脳裏に、あの夜の光景が蘇る。誤って殺してしまった、無垢な少女。血に染まった布団。か細い声。小さな手。
「……痛い」
同じだ。
目の前の少女と、あのときの少女が、重なる。
また――俺は、また同じ過ちを繰り返すのか?
刃を握る手が、震えた。
俺の中で、何かが軋む。忍びとしての使命。それは絶対だった。命令には従う。標的は仕留める。感情は捨てる。そうやって、これまで生きてきた。
だが――
できるのか?
この少女を、殺せるのか?
刃を構えたまま、俺は動けなかった。一歩も、近づけなかった。
少女は、ただ静かに俺を見つめている。無表情のまま。何も言わず。何も求めず。
ただ、そこに座っている。
時間だけが、流れていく。
月明かりが、少女の髪を淡く照らす。影が、格子に落ちている。
俺の呼吸音だけが、静寂の中で響いていた。
どれくらい、そうしていただろうか。
やがて、少女が再び口を開いた。
「……殺さないの?」
問われて――俺は、ようやく気づいた。
刃を、下ろしていた。
いつの間にか、俺の手は力を失い、刃は下を向いていた。
「……」
「そう」
少女は淡々と頷く。感情を見せない顔で。
「私、ずっとここにいるの」
彼女は言う。
「誰も来ない。ご飯だけ、あの扉から届けられる」
小さな声だった。抑揚もない、平坦な声。
「私、何か悪いことをしたの?」
「……知らない」
「そう」
少女はまた、窓を見上げる。
「ねえ、外って、どんなところ?」
その質問に、俺は言葉を失った。
外を、知らない?
この少女は、ずっとここに閉じ込められて――外の世界を、見たことがないのか?
「私、ここしか知らないの」
少女は格子越しに、月を見つめる。
「あの窓から見えるのは、空だけ。外には、何があるの? どんな場所なの?」
純粋な問いだった。
邪気も、企みも、何もない。ただ、知りたいという好奇心だけが、その声に込められていた。
俺は――
この少女を、このまま放っておけるだろうか。
命令に従い、立ち去ることができるだろうか。
刃を鞘に収める。
少女が、俺を見る。
澄んだ青い瞳が、何かを問いかけているようだった。
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【短編】忍びと密命 黒蓬 @akagami11
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