第3話 静寂と過去
廊下を進むほどに、静けさが深まっていく。
さっきまでの緊張感が嘘のようだった。罠も、警備も、まるで消えてしまったかのように姿を見せない。足音さえ立てなければ、自分がこの屋敷にいることを忘れてしまいそうなほどの静寂だった。
俺は警戒を緩めず、廊下の奥へと進む。
松明の明かりも、ここまで来ると少ない。闇が濃く、視界が狭まる。だが、それは俺にとって不利ではない。闇は忍びの味方だ。気配を消し、音を殺し、影に溶け込む。
やがて、廊下が開けた場所に出た。
広間だった。天井は高く、柱が何本も立ち並んでいる。月明かりが天窓から差し込み、床に淡い光の筋を描いている。
俺は柱の影に身を隠し、周囲を確認する。
誰もいない。
本当に、誰もいなかった。
妙な感覚だった。これまで居た警備の巡回も、この広間には誰一人いない。まるで、この先には何も無いとでもいうかのようだった。
俺は広間を横切り、反対側の通路へと向かう。
あまりにも静かすぎて、自分の呼吸音さえ大きく聞こえる。
ふと、胸の奥に何かが引っかかった。
この静けさが――昔を思い出させる。
――――――
あれは、何年前だっただろうか。
同じように、標的を追って屋敷に侵入した夜のことだった。任務は順調に進んでいた。標的は寝室にいるはずだった。俺は音もなく部屋に入り、寝台に近づいた。
暗闇の中、布団に包まれた人影が見えた。
俺は躊躇なく刃を振り下ろした。
だが――
布団をめくったとき、そこにいたのは標的ではなかった。
幼い少女だった。
標的の娘だったのだろう。おそらく、父親の寝室で眠ってしまったのだ。少女は俺を見上げ、何が起きたのか理解できないような顔をしていた。口から血が溢れ、小さな手が俺の腕に触れた。
「……痛い」
か細い声だった。
少女はそのまま、息を引き取った。
俺は何も感じなかった。いや、感じてはいけなかった。忍びに感情は不要だ。任務を完遂する。それだけが俺たちの存在意義だった。
だが――
あの夜以来、夢に少女が現れるようになった。同じ顔で、同じ声で、俺に問いかけてくる。
「どうして?」
答えられなかった。
忍びだから、と言えば済むのだろうか。命令だから、と言えば許されるのだろうか。
分からない。
俺はただ、感情を押し殺し、次の任務へと向かい続けた。それしか、できなかった。
――――――
気付けば足を止めていた。
いけない。任務中に、過去を思い出すなど。
俺は頭を振り、意識を現在に引き戻す。今は、標的を仕留めることだけを考えるべきだ。感傷に浸っている余裕はない。
通路を進み、また階段を見つける。降りた先は、横へと続く通路になっており、その先に重厚な扉が見えた。
――あの扉の向こうに、標的がいる。
直感でそう悟った。俺は扉に近づき、耳を澄ます。物音はしない。気配も感じられない。だが、間違いなく、この先だ。
俺は静かに扉を開いた。
軋む音が、静寂を破る。
俺は息を整え、暗闇の中へと足を踏み入れた。
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