#九

翌日、私はいつものように地下五階に出勤した。


椅子に座り、ヘッドギアを装着する。


映像が流れ込む。


今日は十五件。


私は、淡々と見ていく。


確定。


確定。


確定。


世界は、何事もなかったように続いていく。


清掃が必要になる。


誰かが片づける。


私がかつてやっていた仕事を、


誰かが今、やっている。


その誰かも、いずれここに来るのかもしれない。


システムは、止まらない。


観測員は常に不足し、


未確定事象は常に発生し、


誰かが見なければならない。


私は、その「誰か」になった。


ただ、それだけだ。


最後の映像が流れる。


高架下の事故現場。


車が一台。


誰もいない。


運転席に人影。


私は、静かにそれを見る。


そして、気づいた。


その車は、見覚えがあった。


あの日、私が見た車だ。


映像が巻き戻されている。


あの日の、私が到着する前の映像だ。


画面の端に、時刻が表示されている。


09:35:18


私が到着したのは、09:47:32。


十二分前。


映像の中で、運転席の男が動いている。


生きている。


まだ、未確定だ。


そして、画面に別の人影が映り込む。


誰かが近づいてくる。


清掃員の制服を着た人物。


私、ではない。


別の誰かだ。


その人物が、車に近づく。


五メートル。


三メートル。


一メートル。


そして、運転席を覗き込む。


その瞬間、男の体が弛緩する。


確定。


画面が切り替わる。


今度は、私の視点だ。


09:47:32。


私が到着した時刻。


私が見た光景。


男が死ぬ瞬間。


だが、男はすでに死んでいた。


十二分前に。


別の誰かに、観測されて。


私が見たのは、


「確定済みの死」を、


もう一度、確定させただけだった。


通知音。


――確定


ヘッドギアが外れる。


管理官が立っていた。


「お疲れ様でした」


彼女は微笑んだ。


「これで、あなたの研修は終了です。正式に観測補助員として登録されます」


「……あの日の事故は」


私は訊いた。


「私が見る前に、すでに確定していたんですか?」


「はい」


彼女は即答した。


「あなたが見たのは、確認作業です。二重観測による、因果の安定化。システムの標準プロトコルです」


「では、私は……」


「収束観測犯ではありません」


彼女は首を振った。


「ただ、そう思い込ませる必要がありました。罪悪感は、観測能力を向上させます。あなたは今、最も効率的な観測補助員の一人です」


私は、何も言えなかった。


すべてが、嘘だった。


罪も、罰も、選択も。


ただ、システムに組み込まれただけだった。


「では、これからもよろしくお願いします」


管理官は言った。


「今日は、やけに仕事が早く進む日ですよ」

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