第二編 : 清掃員 第三一二号
#一
確定後の現場は、いつも静かだった。
私の仕事は、死を片づけることだ。
正確には、死が確定した後の痕跡を処理する。
清掃員第三一二号。
今日はすでに2つの現場処理を行い、今しがた3つ目の死亡確定現場への移動通知が来た。私は、端末に視線を落とす。表示される案件は、必ず「確定」と明記されている。
――死亡(確定)
その二文字がある限り、問題は起きない。
血を見ても、遺体を見ても、心は揺れない。
それはもう、誰かが見た後の出来事だからだ。
1件目は集合住宅の一室だった。孤独死。発見まで三日。観測員が確定させた後、私が入った時には、もう何も動くものはなかった。床に染みついた体液を中和剤で処理し、壁紙を剥がし、臭気を消す。二時間の作業。端末に「完了」と入力すると、次の案件が表示される。
2件目は駅のホームだった。飛び込み。レールに散乱した痕跡を回収する。通行人は誰も見ていない。自動ブラインドが展開され、視線誘導パネルが作動していたからだ。私が到着した時には、すべてが確定済みだった。静かに、手際よく、痕跡を消す。一時間半の作業。
そして3件目。
観測員が死を見て、確定させる。
私たちは、その後を整える。
役割は分かれている。
分けなければならない。
研修初日、講師は繰り返し言った。
「あなたがたは、すでに終わった物語の後始末をする人間です。見ることに意味はありません。ただ、痕跡を消すだけです」
その言葉は、ある意味で救いだった。
私が見るものは、すでに確定している。
私の視線は何かを変えることはない。
だから、見ることができる。
同期の中には、三日で辞めた者もいた。奴は今ごろどこで何をしているのだろうか。
「確定していても、やっぱり無理だ」
そう言って去っていった。
私には、それが理解できなかった。
確定しているなら、もう何も起きない。
唯一の安全なのだ。
むしろ、未確定の世界で生きている一般市民の方が、よほど危険に見えた。
彼らは毎日、見てはいけないものに囲まれて暮らしている。
いつ誰かが倒れるか、いつ事故が起きるか、わからない。
そのたびに、視線を逸らし、立ち入り禁止の標識に従い、自動ブラインドが降りるのを待つ。
私たちの仕事は、その「後」だ。
確定したものだけを扱う。
それは、ある種の特権だと思う。
私は他愛のない想いを巡らせつつ次の現場へハンドルを切った。
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