#八
翌朝、街はいつも通りだった。
人々は穏やかに歩き、信号は最適に切り替わる。
不安はない。
端末が今日の適正値を告げる。
すべて正常。
「本日も安定した一日が予測されています」
私は安心した。
観測局に向かう道も、いつも通りだった。
バスの中で、私は窓の外を眺めた。
街は美しかった。
清潔で、秩序正しく、穏やかだった。
これ以上、何を望むことがあるだろう?
観測室に入ると、端末が起動した。
今日の案件リスト。
私は淡々と作業を始めた。
観測。
確定。
観測。
確定。
昼休憩、マルタが言った。
「ねえ、聞いた?第十九号、昨日で観測局を離れたんだって」
「上位部門に?」
「そうらしいわ」マルタは少し寂しそうに笑った。「いいわよね、昇進できて」
「そうだな」
私はそう答えた。
だが、何か引っかかるものがあった。
第十九号。
彼について、何か知っているような気がする。
だが思い出せない。
「それにしても」マルタは続けた。「最近、配置転換が多いわね」
「そうか?」
「ええ。この半年で五人。第十九号で六人目よ」
「みんな上位部門?」
「たぶん。詳しくは教えてもらえないけど」
私は自分の端末を見た。
観測者が不足している。
その言葉が、頭の片隅にあった。
誰が言ったのか?
いや、誰も言っていない。
ただ、どこかで聞いた気がする。
午後の業務。
案件は通常通り。
だが一つだけ、奇妙なものがあった。
――事象番号 3,821,701
発生確率 8.3%
内容:不明
観測要請:保留
保留?
それは初めて見る表示だった。
詳細を開こうとすると、アクセスが拒否された。
――権限不足
私は首を傾げた。
だがすぐに、次の案件に移った。
重要ではない。
きっと、誰か別の観測者が処理するのだろう。
夕方、業務を終えて帰る途中、私はふと立ち止まった。
駅のホームで、電車を待ちながら。
なぜ私は、ここにいるのだろう?
どうやって、この職に就いたのだろう?
記憶を辿ろうとする。
だが、曖昧だった。
研修を受けた。
試験に合格した。
配属された。
すべて覚えている。
だが、それ以前は?
どこで生まれ、どう育ち、何を夢見ていたのか?
思い出せなかった。
電車が到着した。
私は乗り込んだ。
座席に座り、窓の外を眺める。
街は、今日も美しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます