#五
「マルタ」
「なに?」
私は観測室を出て、彼女の席に向かった。規定外行動だが、気にしていられなかった。
「自己参照案件って、あったか?」
「ないわよ。観測補助員は対象外」
彼女は当然のように言った。
「じゃあ、今のは――」
端末が通知音を鳴らす。
――観測待機中
私は考えた。
これはシステムの誤差だ。
未来予測装置は完璧に近いが、ゼロではない。
だからこそ、人が最後に見る。
見ることで、揺らぎを潰す。
「ねえ、あなた大丈夫?」マルタが心配そうに私を見た。
「大丈夫だ」
「顔色が悪いわよ。休憩する?」
「いや、すぐ戻る」
だが私は席に戻らなかった。
代わりに、廊下を歩いた。
観測局の構造は単純だ。地下五階のワンフロアに、観測室が三十室。その奥に管理部門。最深部に予測装置の制御室。
私は管理部門に向かった。
扉の前で、端末が警告音を鳴らす。
――立入制限区域
私は扉を開けようとした。
だが開かない。
当然だ。権限がない。
「第四七号」
背後から声がした。
振り向くと、管理官が立っていた。白い制服。表情のない顔。
「観測室に戻ってください」
「質問がある」
「質問は受け付けていません」
「なぜ私が、私自身を観測する必要があるんだ?」
管理官は少しだけ、目を細めた。
「あなたはすでに、その答えを観測しています」
「何を言っている」
「事象番号 3,821,612。あなたが見た未来です」
私は黙った。
「あれは……エラーだ」
「エラーはありません」管理官は静かに言った。「すべては予測され、計算されています」
「なら、なぜ――」
「観測室に戻ってください。観測を完了しない限り、事象は確定しません」
「確定しなければ?」
「不安定になります」管理官は一歩近づいた。「あなたは知っているはずです。未観測の未来がどれほど危険か」
私は後ずさった。
「私は観測者だ。対象ではない」
「誰がそう決めたのですか?」
その問いに、私は答えられなかった。
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