#四
午後の案件に戻る。
最初の数件は通常通りだった。確率の高い、ありふれた事象。
だが十四件目で、違和感があった。
――事象番号 3,821,558
発生確率 89.6%
内容:観測補助員の精神的揺らぎ
観測要請:承認
私は画面を見つめた。
観測補助員?
詳細を開く。
――対象:第六二号
発生時刻:本日 14:37
内容:業務中の認知的不協和。自己の役割への疑念。
私は時計を見た。14時22分。あと十五分後だ。
ヘッドギアを装着する。
映像が立ち上がる。
観測室。第六二号が椅子に座っている。彼の手は震えている。画面を見つめたまま、動かない。
そして彼は、ヘッドギアを外した。
立ち上がる。
扉に向かう。
だが扉は開かない。
彼は扉を叩く。声は聞こえない。映像には音声がない。
やがて彼は諦めたように、椅子に戻る。
そして再びヘッドギアを装着する。
映像が途切れる。
通知音。
――確定
私は椅子に座ったまま、動けなかった。
これは何を意味するのか?
第六二号の「揺らぎ」が確定したということか?
それとも、揺らぎが抑制されることが確定したのか?
そして、なぜ私がそれを観測する必要があったのか?
端末が次の案件を表示する。
私は作業を続けた。
だが集中できなかった。
頭の中で、マルタの言葉が繰り返される。
「観測する側も、誰かに観測される」
もし私が揺らいだら?
誰が私を観測するのか?
そして、それは表示された。
――事象番号 3,821,612
発生確率 12.4%
内容:不明
観測要請:緊急
低すぎる。
この確率で観測要請が来るのは異常だ。
私は一度、深呼吸をした。端末が心拍数の上昇を検知しないよう、意識的に呼吸を整える。
ヘッドギアを装着する。
映像が立ち上がった瞬間、私は凍りついた。
そこにいたのは、私だった。
観測室。
同じ椅子。
同じ制服。
動かない私。
ヘッドギアを装着したまま、微動だにしない。
画面には何も表示されていない。ただ暗いだけだ。
そして映像の中の私は、ゆっくりとヘッドギアを外した。
立ち上がる。
扉に向かう。
扉を開けようとする。
だが開かない。
映像の中の私は、扉を叩き始める。
無音の映像の中で、私は叫んでいるように見えた。
やがて私は諦め、床に座り込む。
そして、何も見ていない目で、虚空を見つめる。
映像が途切れる。
私はヘッドギアを外した。
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