#三

昼休憩、同僚のマルタが言った。


「ねえ、最近さ。街、静かすぎない?」


「いつも通りだろ」


「そうなんだけど……静かすぎるのよ」


彼女は言葉を探すように、カップを回した。


「不安になる人が、減りすぎてる」


マルタは第三三号。私より二年先輩だ。彼女とは時々、こうして昼食を共にする。会話の相性が「許容範囲内」だとシステムが判断しているからだろう。


「それは良いことだ」


私はそう答えた。


不安は犯罪の前兆だ。


「そうね」


マルタは曖昧に笑った。


「でもさ、不安になる"可能性"まで消えたら、それって――」


彼女の端末が短く鳴った。


注意喚起だ。


「……いや、なんでもない」


マルタは話題を変えた。「そういえば、第十九号、見た?」


「今朝、ロッカー室で」


「そう。彼、来週で配置転換らしいわ」


「どこへ?」


「上位部門」マルタは声を潜めた。「観測者を観測する部署」


「そんな部署があるのか」


「あるらしいわよ。詳しくは知らないけど」


私は考えた。観測者を観測する。それはどういう意味だろう。


「なぜ、そんなことが必要なんだ?」


「さあね」マルタは肩をすくめた。「でも、考えてみれば当然かも。私たちだって観測対象になり得るわけでしょ。未来を持っているんだから」


「だが、私たちは観測する側だ」


「観測する側も、誰かに観測される」彼女は静かに言った。「そうじゃなきゃ、私たちの未来は誰が確定するの?」


その質問に、私は答えられなかった。


休憩時間が終わる。私たちは黙って立ち上がり、それぞれの観測室に戻った。

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