ゴトバさん

蒼琉璃

第1話 ゴトバさん

 これは、実話怪談のネタをSNSで募集したところ、フォロワーのHさんからご提供いただいたお話です。会話形式という形で脚色させていただいております。


✤✤✤


 Hさんのご実家は、岩盤の山を背負うような形で建てられているそうだ。


「我が家は、ちょっと変わった造りをしているんですよね」

「へぇ、どんなふうに変わっているんですか」


 詳しく話を聞いてみると、二階の広いスラブから岩盤の山へと行けるようになっているそうだ。中途半端な都会で生まれた私にとって、自然が身近にある生活は、少しばかりの懐かしさと憧れのようなものがある。


「二階から山に行けるのって便利ですね。山菜採りとか、お散歩とかできそうですし」

「ううん……というか、そこはお散歩には向かない道かな。スラブを出ると参道になっているんですが、道が悪くて。その先に何を祀っているのかは知らないんですけど、古い祠があるんですよ」


 足場の悪い、細くて狭い危険な道を通り抜けると、そこにはかなり古くて小さな祠が建っているという。どうやらその道が、お参りの正規ルートらしい。

 Hさんや、彼女のご家族だけでなく、町内の人々も昔からその危険な道を通って、祠まで参拝していた。


「これは不思議なお話なんですけどね。この祠の近くで、山のヌシだって言われている蛙が出ることがあるんです」

「山のヌシと聞きますと、私の勝手な想像で申し訳ないんですが、猿とか鹿、猪みたいな動物が思い浮かぶんですが。蛙……ですか」

「それって、一般的な山の神様のイメージなんですか?」


 彼女は不思議そうな顔をした。

 つい、普通のことのように言ってしまったが、自分のオカルト脳に恥ずかしくなってしまう。

 私は勝手に頭の中で山の神様を想像して変換していたが、山に住む精霊やあやかしのような存在なのだろうか。


「その山のヌシはゴトバさんって言われているんですよ。祖母からは、万が一ゴトバさんを見てしまっても、追いかけてはいけない、すぐに家に帰るようにと言われていたんです」

「ゴトバさん?」


 幼い頃に一度だけ、Hさんはゴトバさんを見たことがあるという。それはヒキガエルにしてはやたらと体が大きく、背中は赤くて、頭が青かった。

 ゴトバさんの目は澄んでいて、鳴くことも身動ぎすることもなく、じっとHさんを見つめていたという。


「私、気味が悪くなってしまって……祖母の言う通り、引き返して家に戻ったんです」

「ゴトバさんを見たあとに、あなたの身に何か起こりましたか?」

「いいえ、何も。祖母の言う通り引き返したおかげなのかもしれません」


 彼女が小学校の高学年になると、町内でお参りしやすいように、祠直結の階段を作ろうという話が持ち上がった。

 工事費用は、町内会費と近所の有志によって出されることになったという。


「ちょうど、私の部屋の真横が、その工事現場になるって言われたんですよ」

「ああ、それはちょっと過ごしにくいですね。どんな工事だったんです?」

「岩盤を削って、祠へ続く階段をコンクリートで固めるんです。毎日、工事の音と人の声でうるさくて大変でしたよ。……うちの祖父は信心深い人だったので、階段を作ることに反対して、出資しなかったそうです」


 彼女が祖父に理由を尋ねてみると、困難な道を通ってお参りすることこそ、意味があると考えていたようだ。

 確かに、大変な思いをして神様の元へ向かうのは、信仰心の強さの表れであり、これも修行のうちというものだろう。

 幼いHさんも祖父の言葉に納得した。

 ただ、ひとつ、何が祀られているのか分からないのが恐ろしいが。


「夏休みのある日、工事が止まったんですよ。作業員の方が上から転落して、怪我をしてしまったみたいで」


 工事は一旦中断し、再開するも、なぜか怪我人が続出してしまったという。


「うーん。簡単にお参りを済ませようとして、神様を怒らせてしまったんでしょうか。それとも、この山を傷つけることに怒っているのかな」

「分かりませんが……。結局、何度も工事を中断しながら、ようやく一年かけて階段が完成したんです」


 死人は出ていないのが不幸中の幸いだ。けれど、そこまで怪我人が続出するとなると、偶然では済まされないような気がする。


「でも、それで終わらなかったんです。祠への階段を建設しようと言った方が、病気で入院してしまったんですよ」


 それだけではない。

 出資した人たちも、仕事中に怪我をしたり、病気で入院するようになってしまった。とにかく関わった人々が不幸に見舞われ、活気が失われていく。


「そんなことが続くと、最初は熱心にお参りしていた人たちも、祠に行かなくなってしまったんです。今じゃ、その階段にチェーンが掛けられていて、誰も利用していません」

「なるほど……。お参りするのも怖くなったんでしょうか」


 Hさんは、ご実家と祠の場所を描いたイラストを私に見せてくれた。

 二階建ての一軒家で、左側に祠へと向かう新しい階段がある。

 右側のスラブの下には外階段があり、おそらくご近所さんはこれを使い岩盤の山に登って、正規ルートを通っていたんだろう。


「あれ、左側に馬頭観音があるんですか?」


イラストには、「この先に馬頭観音があり、現在は真上を工事中」と書かれていた。


「それなんですけど……何のために祠の逆サイドを工事しているのか分からないんですよね」


 奇妙なことに、祠への階段を作ろうとした時と同じく、今度は初日から事故が起こってしまった。

 作業員に落石が直撃したのだ。

 それを皮切りに怪我人が続出して工事が中断した。

 先日、とうとうお祓いをして工事が再開したようだが、どうなるか分からないという。


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ゴトバさん 蒼琉璃 @aoiruri7

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