サンタになった日

深見双葉

サンタになった日

私は、一度だけ、サンタクロースになったことがある。


クリスマスに、良い思い出は、実はない。


でも、あの日、一度だけ。サンタクロースになれた日のことを思い出すと「クリスマスも悪くない」そう思うことができる。


なぜ、クリスマスに良い思い出がなかったかといえば、子どものときの、クリスマスの「刷り込み」が、ヘビー級にキツいものだったからだ。

だから、私は、クリスマスを鼻で笑いながら生きてきた。


どんな刷り込みだったかといえば。

私が幼稚園児のとき。幼稚園で「クリスマスにはサンタさんがプレゼントをくれる」という知識を得た私は、家に帰って、母に言った。


「私も、サンタさんにお願いしたい」


母は、洗い物をしながら、こう言い放った。


「サンタさん?いないよ。クリスマスは、おもちゃ屋さんが儲ける日なの。うちには、サンタは来ません」


なかなかパンチのある「刷り込み」である。


私にとって、クリスマスとは。私を不憫に思ったばあちゃんが、おもちゃとケーキを買ってくれる日であり、それ以上でも以下でもなかった。


もちろん。大人になってから、恋人が、張り切って奮発して。ドラマみたいに、お高いレストランを予約してくれたり、雑誌に載ってるようなアクセサリーをプレゼントしてくれたり。そんな「クリスマスの儀式」は、通過したことはある。


でも、私の人生に、サンタクロースが現れることはなかった。


そんな私が、大学二年生のクリスマスに、サンタクロースになったのだ。


その頃、離婚協議で揉めていた親戚のたかちゃん(仮名)という女の子を、私の家で預かっていた。たかちゃんは、小学2年生で、おしゃべりで明るくて、かわいい子だった。


12月に入ると、たかちゃんは、クリスマスのことを気にし出すようになった。


「パパもママも居ないし、お家じゃないし、サンタさん来れるかな?」


そんなことを言い出したのだ。

私は、私が刷り込まれてきたこと。私が、信じてきたこと。

「サンタさんなんて居ないよ」とは、たかちゃんには、とても言えなかった。


だから「来るんじゃない?」とか「だいじょうぶだよ」とか言いつつ、内心、冷や汗をかいていた。


そして、私は、腹を括った。私が、サンタクロースになろうと。サンタのミッションを、クリアしてみせようと……そう決めた。


私は、まず、多くの親がやるように「サンタさんに、プレゼントに何が欲しいか、手紙に書きなよ」と、たかちゃんの「欲しいもの」を探りを入れるために、レターセットを渡した。


心の中では、思っていた。手紙に「仲のいいパパとママを返して」と書いてあったら、どうしようと。


たかちゃんが、サンタさんに書いたお手紙を、私は、ドキドキしながら開いた。


「サンタさんへ。ニンテンドーDSをください」


私は、ほっとしたのと同時に「これは、私のバイト代、ひと月分が消滅する」と腰を抜かしたが、サンタになった私は、ニンテンドーDSを購入して、こっそり隠しておいた。


あとは、クリスマスに、たかちゃんの枕元にプレゼントを置くだけ。そう思っていた私に、たかちゃんが、クリスマスの夜、とんでもないことを言い出したのだ。


「サンタさんは、来るんでしょ?」


私は心の中で答えた。

(はい。私という名のサンタが、必ず来ます。)


「サンタさん、欲しいものわかってるでしょ?」


(はい。手紙で聞き出し成功済みです。)


「サンタさん、窓から来るんでしょ?」


(よしよし。煙突問題は、クリアしてる。)


ここまでは、私の想定内。なかなかいい線いってる。だいじょうぶ。


ところが、たかちゃんは、私に、トドメの一撃を、思わぬ盲点を突いたのだ。


「でも、ここ、八階だよね?サンタさん、窓から入れないんじゃない?」


たかちゃん、そりゃあないよ。そこは、大きな目で見逃そうよ。

と、内心「おいおい」と思いつつ、私は、しどろもどろに言った。


「ほら!サンタさんは、トナカイのソリに乗ってるから!空中から来れるよ!」


我ながら、良い閃きだった。自画自賛。


たかちゃんは、ちょっと考えてこう答えた。


「じゃあ、窓の鍵、開けないとね」


私は、ダッシュで、ベランダの窓へと向かい、鍵を開けて、たかちゃんに微笑んだ。


「これでだいじょうぶだね!」


そして、これ以上、サンタさんの議論を避けたかった私は、たかちゃんにこう言った。


「ねー。明日が楽しみだねー。早く寝ようねー。さあ、寝ようねー」


たかちゃんは、疑いの目を向けつつ、最後の一撃を放った。


「ベランダの窓から、サンタさんが来るなら、足跡が残るね。明日の朝、ベランダに足跡残ってるね」


そう、ここは、雪国。ベランダには、雪が積もっている。100パーセント、たかちゃんは正しい。たかちゃん、完璧な理論派。


たかちゃん、あなたは、コナンの見過ぎかもしれないよ?と、心で恨めしく思いつつ。


「そうだよ!足跡残ってるよ!」


私は、ヤケクソで答えて、たかちゃんの手を引き、たかちゃんを、強制的に寝かしつけた。


……困った。これは、困ったぞ。

足跡?サンタさんの足跡?


とりあえず、天気予報をチェックした。

今日は雪は降らないらしい。それならば、足跡をつけても、雪でかき消されることはない。


はてなで頭がいっぱいになり、困り果てながらも、私は、玄関から、長靴を取り出した。


そして、たかちゃんが寝たのを再確認してから、長靴を履き、マイナス10度のベランダへ出た。


白い息を吐きながら、私は、まず、サンタさんが、ベランダへ向かう方向へと、足を伸ばした。雪を踏みしめる音が、静かな夜に響いた。そして、二歩、めいいっぱい、力強く歩いて、足跡をつけた。


それから、二歩、ベランダから帰っていく足跡をつけた。


そして、私は、他の足跡を残さないように、ジャンプで、家へと入った。


サンタ、めちゃくちゃ大変じゃん!と思いつつ、私は、たかちゃんの枕元に、バイト代ひと月分が吹っ飛んだ「ニンテンドーDS」を置いた。


そして、私も寝ようとしたが、明日、朝起きて、たかちゃんの厳しい理論が、飛んできたらどうしよう。何かミスはなかったか?

そんなことを、ドキドキしながら考えて、あまり寝れなかった私の方が、クリスマスを満喫していたのかもしれない。

振り返ると、そう思う。


私は、いつもより早起きして、たかちゃんが起きるのを待った。


たかちゃんは、ニンテンドーDSを持ちながら、リビングへとやってきた。


「サンタさん、来たよ!」


たかちゃんは、満面の笑み。

私の財布は、悲痛の涙。

でも、第一ミッションクリア!

私の中で、高らかなファンファーレが鳴り響いた。


そして、理論派たかちゃんは、忘れていなかった。そう。サンタの足跡のことを。たかちゃんは、ベランダへと向かった。


そして、ベランダの窓を開けた。私も、確認のため、同行した。


たかちゃんは、足跡(私の)を見て、目をまんまるにして言った。


「……サンタさんの足跡、初めて見た。すごい」


その言葉を聞いた瞬間、私の胸が、ぎゅっと熱くなった。私は、心の中で、ガッツポーズを繰り出し、一人でハイタッチした。


ああ、私、サンタクロースになれたんだ。

私には来なかった、サンタクロース。

でも、今、私がサンタクロースになれた。


たかちゃんが信じてくれた、あの足跡は、私が子どもの頃に見たかった、サンタの証だった。


……そんな、私が、“サンタになった日“のネタばらしを、たかちゃんが大人になってから、笑いながら話したこともある。


そして今現在。たかちゃんは、お母さんになった。小学2年生の男の子と、夫と、三人で、マンションの11階に住んでいる。


たかちゃんから、クリスマス前になると、LINEが届く。

「ベランダの窓を開けて、サンタの足跡つけたよ」と。

その写真を見るたびに、私は思う。


あの日。サンタクロースになれて、救われたのは私だと。


クリスマスは、おもちゃ屋さんが儲ける日だと、母に言われた。でも、違った。クリスマスは、誰かが誰かのために、本気でサンタクロースになれる日だった。


クリスマスは、決して、呪いの儀式ではないのだ。

愛の連鎖が生まれる日なのだ。


たかちゃんのおかげで、私は、やっとその事に気づけた。


だからね?これを読んでるあなたが、パパやママだったらね?

めちゃくちゃ、気合い入れて、サンタクロースになるのも悪くないよ?


たかちゃんが、今、11階のベランダで、必死に足跡をつけているように……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サンタになった日 深見双葉 @nemucocogomen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画