第7話:分岐点で、彼女が見ていた

分岐点に着いたとき、

彼女は、少しだけ立ち止まった。


私は先に一歩出ていた。

いつもより、ほんのわずかに。

その差は、

意識しなければ気づかない程度だった。


彼女の視線が、

私の横を越えて、

中央へ向かう。


私は、振り返らなかった。


振り返らないことで、

彼女が何を見ているのかを、

確定させないで済む。

そう判断した、

という自覚はない。


彼女は、何も言わない。


言葉がない代わりに、

視線だけが長かった。

それは確認ではなく、

評価でもない。


ただ、

そこに何かがあることを、

見ている時間だった。


私は、

最短の道を指さす。


「今日は、こっちで」


理由は付けなかった。

彼女も、理由を求めなかった。


歩き出してから、

彼女の歩調が、

一瞬だけ遅れる。


すぐに揃う。

揃ったあとは、

いつもと変わらない。


会話は、

昼間の続きだった。

仕事の進捗。

週末の予定。

どれも、

特別ではない。


分岐点の話は出ない。


それでも、

彼女の視線が、

何かを見ていた事実は残る。


私は、

それを共有していない。

共有していないことを、

彼女は知っている。


駅が近づく。


人の流れが増え、

足音が重なる。

その中で、

分岐点の静けさだけが、

遅れて追いついてくる。


改札の前で、

彼女が言った。


「また、今度」


それだけだった。


私は頷く。


電車に乗ってから、

分岐点の位置を思い出す。

彼女が見ていた方向。

私が見なかった中央。


どちらも、

事実だ。


同時に成り立つが、

同じではない。

それだけで、

何かが変わったとは言えない。


ただ、

次に立つときの距離を、

以前より正確に想像できる。


それで十分だった。

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