第6話:分岐点に、誰かが立っていた

その日は、分岐点に人が立っていた。


立っている、というより、

そこに存在していた。

通行を妨げるわけでもなく、

誰かを待っている様子でもない。

ただ、分岐点の中央に近い位置だった。


私は、少し歩調を落とした。


避けるほどではない。

ぶつかる距離でもない。

ただ、無意識に速度が調整された。


近づくにつれて、

相手の輪郭がはっきりする。

年齢は分からない。

性別も、確信が持てない。

服装は目立たず、

どこにでもいそうだった。


その「どこにでもいそう」が、

分岐点には合っていなかった。


彼女はいない。


それを確認する前に、

第三者が視界に入ってしまった。

順番が、いつもと違う。

それだけで、

分岐点の手触りが変わる。


最短の道を選ぶか、

遠回りを選ぶか。


普段なら、

彼女の有無が判断に影響する。

今日は、別の要素が割り込んでいる。


第三者は、

どちらの道にも属していない。

それなのに、

両方に関係しているように見えた。


私は、遠回りを選んだ。


理由はない。

回避でも、主張でもない。

ただ、中央を避けた結果だった。


通り過ぎる瞬間、

相手と視線が合ったような気がした。

実際に合ったかどうかは、

分からない。


相手は何も言わない。

私も言わない。


音だけが残る。

足音が、少し重なって、

すぐに離れる。


遠回りの道は、

今日も静かだった。

街灯の数も、

建物の配置も変わらない。


それでも、

いつもより周囲を見ていた。

背後の気配を確認するわけでもなく、

前を急ぐわけでもなく、

ただ、視野が広がっていた。


途中で、

スマートフォンが振動した。


画面を見る前に、

誰からでもない可能性を考える。

そういう癖が、

いつの間にか身についている。


通知は、

天気の更新だった。


それで十分だった。


駅に着くまで、

第三者のことは思い出さなかった。

思い出さなかったこと自体を、

後から認識する。


電車に乗り、

窓に映る景色を見る。

分岐点は、

もう見えない位置にある。


見えなくなっても、

消えたわけではない。

今日も、そこに残っている。


彼女がいなくても、

第三者がいても、

道は機能し続ける。


選択は、

少しだけ歪む。

それでも、

成立しなくなるわけではない。


家に着いたとき、

私は分かった。


分岐点は、

二人のものでも、

私一人のものでもなかった。


誰が立っていても、

立っていなくても、

選ぶのは、

その場に来た人間だった。


それ以上のことは、

考えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る