場面3 夜

(暗闇)

(風の音だけが、一定の間隔で聞こえる)

(離れた位置の二人)


男 ……なぁ。


女 ……はい。


男 そのスマホさ。

  電源入れたら……

  多分、すごいことになるんだろ。


女 ……。


男 鬼電、ってやつ。

  上司とか、同僚とか、家族とか。


女 ……分かってます。


男 それでもさ。

  もし、できたらでいいんだけど。

  俺に一回貸してくれないか。


女 ……何をするんですか。


男 社長に連絡したいんだ。

  「明日、休みます」って。

  それだけでいい。


女 ……。


(長い間)


男 わかったよ。

  無理にとは言わない。


女 電源……入れたら……

  多分、戻れなくなるんです。


男 戻れなくなる?


女 何ていうか……

  いろんなことの説明とか。

  それに、答えなきゃいけなくなる。

  答えられなくても、どんどん先に進んでいくんです。

  ちゃんとできないんです……私……


男 まぁ……

  そりゃ、しんどいな。


(少し間)


女 さっきの……

  「違うんです」って言い方、

  すいませんでした。


男 別に、大企業のプレッシャーにくらべたら事実さ。


女 お仕事は何をされてるんですか?


男 今は零細工務店の現場監督だよ。

  あんたとは違ってさ、

  重圧が強くなると仕事辞めちまうのさ。

  でも、どこ行ったって、重圧はあるし。

  転職の度に、給料は安くなる。


女 私は辞めたら後がないんです。


男 そんなそんな事はないよ。

  若いんだからさ。


女 ……。


男 わるい、

  逃げてばっかの俺が言ってもな。

(少し笑う)


女 でも、生きていけるのは事実なんですよね


男 それは、間違いない。

  ただ、つまらない人生だけどな。


女 ……つまらないんですか?


男 あぁ、つまんないね。

  仕事して、メシ食って、寝て。

  それだけだ。


女 ……でも、居なきゃいけない仕事なんですよね。


男 まぁ、そうなんだけど……

  居なくたってさ。

  まぁ……誰かが来るんだろ。

  たぶん。

  後で𠮟られるけどな。

(嫌そうに笑う)


(長い沈黙)


女 ……分かってます。


男 とりあえず、今日は寝よう。

  明るくなったら、考えよう。


女 ……はい。

  ……おやすみなさい。


――暗転

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