第3章 「入れ替わり初日と小さな秘密」

翌朝、咲(風間蓮の身体)はベッドで目を覚ました。

いつもより広く、硬めのベッド。カーテンの隙間から差し込む光が、蓮の部屋の整った机や本棚を照らす。

「……やっぱり、慣れないな」

鏡を見ると、そこには完璧すぎる風間蓮の顔があった。咲は思わず眉をひそめる。


朝食の習慣もまた違った。蓮の母親が用意してくれる食卓には、普段咲が食べない料理が並ぶ。

「いただきます…!」

ぎこちない手つきで箸を持ちながら、咲は心の中で小さくため息をついた。


登校途中、道行く生徒たちが不思議そうに咲(蓮)を見つめる。

「なんだか、今日はいつもより表情が柔らかいな」

クラスメイトの男子が小さく呟いた声が耳に入る。咲は心の中で苦笑する。普段の蓮は、もう少しクールだからだ。


教室に着くと、すぐに文化祭準備が始まった。クラスで出す模擬店の計画や装飾の分担、声を出して意見を交わす蓮の立場になった咲は、最初こそ戸惑いながらも少しずつ楽しさを感じていた。


その時、隣でノートを見ながら作業していた蓮(咲の身体)が、ふと顔を近づけてきた。

「……桜井、ちょっと、手伝ってくれる?」

息がかかる距離で囁かれ、咲(蓮)は心臓が跳ね上がる。

「えっ…う、うん!」

思わず声が震えた。蓮の身体だから、自分の声ではないはずなのに、胸の奥がじんわり温かくなる。


文化祭の準備中、二人きりになる時間もあった。机の下で偶然手が触れ、目が合う――その瞬間、心臓が跳ね、顔が赤くなる咲(蓮)。蓮(咲)も同じように、普段は見せない動揺を隠せず、微笑みながら手を少し離した。


「……な、なんか、変な感じだな」

「そ、そうだね…」

二人はぎこちない会話を交わしながらも、互いの存在の大きさを少しずつ意識し始めていた。


昼休み、教室の外で水野美咲が小声で囁く。

「ねえ、二人とも…なんか最近、雰囲気違わない?」

「え、えっと…うん、ちょっとね…」

咲は言葉を濁すが、心の奥では少し嬉しい感情が芽生えていた。自分の気持ちに戸惑いながらも、蓮といるこの時間が特別であることを認めざるを得なかった。


放課後、掃除を終えた教室で二人は並んで黒板を拭いていた。

「……桜井、さっきの手、触れた時、ドキッとしたんだが」

「えっ…そ、そうなの?」

咲(蓮)は顔を赤らめ、手の動きを止める。蓮(咲)も少し笑いながら、心の奥の温かさを感じていた。


その日の帰り道、夕焼けの校庭を歩きながら、二人は言葉少なに互いを意識する。

小さな胸キュンの瞬間――手が触れた、目が合った、笑顔を交わした――それだけで、入れ替わった日常は少しだけ輝き始めていた。


(これ…もしかして、蓮のこと、好きになりそう…?)

(……桜井、意外とかわいいな…)


まだ口には出せない想いが、二人の間に静かに芽生え始めた。入れ替わりの混乱は続くけれど、心の距離は確実に近づいている――そんな一日だった。

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