第10話 懸念

 ロードリックがこのギルドへ来た事がある。


 よくよく考えれば当然とも思う。

 ロードリックは冒険者としても活動していた。私を修道院へ預けた後に立ち寄っていても不思議ではない。そしてガイザックがそれを覚えているとは、ロードリックはそれ程有名人なのだろうか。


「ロードリックは……そんなに有名なのですか?」

「ええ、それはもう。彼は初代エルフ王の書記の原本を探していましたからね。現存する書記は写本のみですので」

「それで、有名なのですか?」

「もしかして……貴女はご存知ない?」


 それだけではない、という事だろうか。

 私の知らないロードリックの一面がある――。

 

「……と言いますと?」

「ルクナ教団の女神の教えや聖典は、初代エルフ王の書記を元にして作られているのはご存知ですよね」

「はい。それは勿論です」

「初代エルフ王の書記の写本は、その全てがルクナ教団によって管理されている。世に出回っているのはそれの複写本に過ぎず、写本に書かれている全てが書かれている訳では無い」

「確かに……そうですね」

「それを意味する事はつまり、ルクナ教団が思いのままに神話を書き換えられるという事です」


――神話を書き換える。

 今、世の中に伝わっている殆どの神話は、初代エルフ王が書き遺した書記を元にするものだ。ルクナ教団が書記を管理している以上、書き換えるのは不可能ではない。

 けれど、教団がそんな意味の無い事をするのは考えにくい――。

 

「ルクナ教団がそんな事をする筈は……」

「ロードリック殿は、この世界には隠された真実があると確信しておられました。そしてルクナ教団がそれを隠していると」


 隠された真実がある……?

 私は想像すらしたことがない。

 第一、世界の平和を望む教団がそれを隠す必要性が考えられない。

 

「……有りえません。第一、そんな事をしても教団に何の利点も無いではないですか」 

「確かにそうかもしれません。ですが、ロードリック殿は利点があると考えておられたようです。それで、それを暴こうと」

「………………」

「それはルクナ教団にとって大変な脅威。教団からも目の敵にされている。そんな事があるので、教団を嫌っている者が多い冒険者によく知れ渡っているのです」


 初めて知った、私の知らないロードリックの一面。

 ロードリックが教団からも目の敵にされているというのは、心にも思っていなかった。

 修道院長も修道院の皆も何も言っていなかった。もしも修道院の皆もロードリックを嫌っていたら、私の旅立ちを何が何でも止めた筈だ。

 けれど、引き留められなかった。

 

 本当に世界の隠された真実なんてものが存在するのだろうか。

 そういえばロードリックは、《世界の監視者》も探していた。

 それと関係あるのだろうか。

 

 正直な所、世界の監視者という存在も聞いたことがない。

 ロードリックからは別れ際に探していると言われただけだし、修道院で色々と勉強したり調べたりしたけど世界の監視者という存在の匂わせすら無かった。 

 ロードリックは、どこから知ったのだろうか。


 ……知りたい。

 早くロードリックに会いたい――。

  

「あの、ロードリックはいつごろにやって来たのですか?」

「そうですね……十年程前ですかな。いくつかの依頼をお受けになったのを覚えております」

「その後は……?」

「その後は確か……、この街の西にあるオースミックの街へと向かわれました」

「オースミックの街……ですか」

 

 次の目的地が決まった。

 この街でやる事をやったら、オースミックの街へと向かおう。ロードリックが行ったのは十年前の事だが、きっと意味がある。

 彼の足跡そくせきを追っていけば、きっと辿り着ける筈――。


「情報をありがとうございました。大変助かります」

「助けになったようで何よりです」


 私が礼を言うとガイザックは笑顔を見せる。

 無事に打ち解ける事が出来たかな。

 これで冒険者登録もして貰える、と思った束の間――

 

「――では、お引き取り願えますかな」


 そう笑顔で言われた。


 ここまで来て、まだ駄目なのか。

 けれど断念するわけにはいかない。


「まだ、ダメですか?」


 ガイザックは、私が諦められないような様子を見て、その顔から笑顔が消える。

 そして真剣な面持ちで話し始めた。

 

「……正直にお話しましょう。貴女はロードリック殿とこころざしを共にするお方だという事は分かりました。ですが、教団員である貴女をギルドへ加入させるのは、ギルドとしては非常に都合が悪いのです」

「それはどういう……?」

「冒険者達からの印象も良くありませんし、今まで散々教団からの関与を拒否してきました。それを今になって教団員を加入させれば教団に付け入る口実を与えてしまいます。それはとても都合が悪いのです」


 ガイザックの話から、よほど教団を嫌っている事がわかる。

 それ程の事があったのだろう。

 教会へ行った時に、何をしたのか確認しなければならないと感じる。

 取り敢えずここは、何が何でも登録を勝ち取らなければ。

 

「言っている事は理解出来ますが……、過去に教団員がギルドへ加入した前例はあります。別に加入した程度で……」

「それは聖都シルヴァエのギルドでしょう? 聖都ギルドは冒険者ギルド協会へ加入してはいるものの、ルクナ教団が運営しているものです。ウチような完全独立運営しているギルドとは違います」


――ギルド運営の違い。

 冒険者ギルドは、全てのギルドが冒険者ギルド協会へ加入している。だが、全てのギルドが冒険者ギルド協会の運営ではない。

 むしろ協会直営のギルドは少数で、各々独自運営されているものが殆ど。冒険者ギルド協会へ加入すればギルドとして認められるので、国や教団が運営しているギルドも存在する――


 ガイザックは教団に干渉されるのではないかと、非常に恐れている。

 だから私が加入する事を認め辛い。

 ならば、ガイザックを納得させるには、方法一つ。

 

「……そうですね。確かに同じギルドでも全く性質の違うものです。ですが、ギルドはギルド。ご懸念なさっている事態にはならないと私が保証します」

「……保証?」

「はい。私が、教団によるこのギルドへの干渉をさせません!」


 私はそう断言した。

 教団による干渉を恐れているのならば、教団員である私が防げば良い。

 不安材料が無くなれば、私を登録しても問題はない。

 これで納得して貰えるだろう。


 そう思ってガイザックの顔を見ると、鋭い視線を送ってきていた。

 そして投げかけてきた。


「それは……どうやって?」


 至極当然の疑問。

 けれど正直、私はどうすれば良いか全く分からない。

 妙案でも思いつけば良いのだが、今は何も思いつかない。

 ガイザックの視線は、それを見透かしているかのようだ。


 どう答えるか……。

 案があると嘘をつくわけにもいかない。

 ここは、正直に言おう。

 

「これから考えます」


 私はそう正直に答えた。

 すると、ガイザックの頬が一気に緩んだ。


「プッ――ワッハッハッハッハ!」


 ガイザックは思いっきり爆笑。

 私はそれを見て、まるで放言を言ったかのような気分になって恥ずかしくなってくる。

 

「わ、笑わないで下さい!」

「ハッハッハ! いやいや失敬! 何か妙案でも有るのかといささか期待したもので」

「それは――すいません。けれど、もしギルドに何か有れば、私が全ての責を負う覚悟です」


 私は真っ直ぐにガイザックを見つめ返す。


 現時点で妄言ではある。

 けれど断言した以上、放言にはしない。


「――信じてもらえますか?」

「………………」

 

 ガイザックは私の言葉を聞くと、しばし沈黙した。

 そして――

 

「分かりました」


 そう言って頷いた。

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