第2話 肩を揉んでよ

「若者って……

 蝶崎さんだって若いでしょう……」

「でも、蜂木くん新卒就職でしょ、留年や浪人してないとしたら、3つも上よ」

「26歳なんてやっぱり若いじゃないですか!」

 寧ろ、見た感じより若かった

 ……なんて、つい言いそうになったのを、どうにか堪えた。


「ううん、年齢以上に見た目も、そして中身も老けてるの、自分が一番よくわかってる。

 若々しくイキイキできるような楽しみが、ないんだもん。

 お金をかけたいのは、『楽しむ』じゃなくて『楽する』ことに関して、なんだもん。

 あなたが今日言ってたようなものは大体お試しぐらいはしたけど、ぜんっぜんハマらなかったんだもん。

 仕事のために本読んだり、AI触ったりしてるぐらいかな」

「そんな……」


「で、どう?

 1時間2000円って考えたら、かなりいい時給でしょ?」

 い、いや、でもそれって

 ……ま、ママ活なんじゃ

 ……いやいやいやいや、なにを変に意識してる!

 楽しみたいんじゃなくて楽をしたいって言ってるんだから、そんな艶っぽい頼みはありえないだろ!

「ま、まあとりあえず

 ……どんな頼みなのか聞いてから……」

「そうねえ、今日頼みたいのは


 ……肩を揉んで」


「えっ?!」

 おっ、思ったより艶っぽい頼みだったぞ!

 いやいや、本当に肩こりに悩んでいる蝶崎さんにそんなつもりはないだろ、

 なに意識してんだ、俺……


「い、いや、ど、どこで?!

 休み時間にデスクでやったりしたら、違反ではないでしょうけど、昼飯をデスクで食べる人もいますし、目立って噂になって仕方ないじゃないですか!」

「いやねえ。

 空いてる会議室や応接室で昼ご飯食べていいことになってるでしょ?

 一番奥の、ソファが古くて使う人がほぼいない会議室、あそこよ」

「なるほど、それなら……」


 情けねー!

 金欲しさに、まんまと釣られちまった!

 で、でも、毎日付き合えば

 ……一週間で5000円、一ヶ月のうち20日間として、2万円だもんなあ!



 まあ、たしかに

 ……蝶崎さんはいかにも肩が凝りそうではある。

 ずっと忙しなくパソコンを叩いているし、

 そして、もうひとつ


 ……か、肩の少し下に、

 胸を張ると、Yシャツやジャケットから飛び出しそうな、

 蝶崎さんのどちらかというと細めの身体で支えるには、あまりにも重量がありすぎる、

 二つの、ふ、膨らみが……

 こんな彼女の肩に手を回すと、古臭いソファも、やけに艶めかしく見えてくる

 ……ゴクリ……


 い、いや、困っているからお願いされているだけなのに、なにを考えている……

 これじゃ、蝶崎さんについて、

『正直、脇目で見てるぶんには堪らないけど、あんなに暗くてモサい上に地味顔じゃ、いかにも金とアレ目当てだって思われて恥ずかしいから、手は出せないよな〜』

 なんて最低な陰口叩いてた蟻沢と変わらんだろ……


 グイッ、グイッ

 おー、コリッコリッ

 ……たしかにこれは痛くて辛いだろう。

 こんなになるまで頑張ってくれてるなら、疲れて無愛想でもしょうがないよなあ


 ……と、心から感謝しているのに、

「んっ……んんっ……」

 そ、そりゃ気持ちいいのはわかりますが、

 そ、そんな声出さないでください

 ……て、手が背後から前の方に、で、出てしまいそうになります

 ……だっ、ダメだ!

 既にとっても柔らかそうな所をマッサージしてどうする

 ……お金をもらってるのに、こっちが気持ちよくなろうとしてどうする

 ……こ、堪えるんだ!

 彼氏じゃないどころか、好きでもないのにこんな感情持っちゃダメっ!

 生々しさに、理性が負けちゃダメっ!


 し、しかし……

 こんなに近くで見たことないぶん、ほんっとーに立体感、質感、迫力、魔力がとんでもない

 ……俺、女性とこういうことする仲になったこと、ないもんなあ

 ……女性と友達にはなれても、付き合うかどうかとなると、ゴツいだの、ほんとに蜂みたいにブンブン落ち着きのない男だの、ハチミツばりに考えが甘い人間だの言われて敬遠されちゃうもんなあ

 ……その上、常に金持ってない男とデートやお付き合いしたい女性なんか、そりゃいない

 ……悲しくなってきた。


 な、なんか話を

 ……話をして気をそらすんだ!

「えっ、えっと

 ……そういえば蝶崎さんて、下の名前、なんですか」

「……葉月」

「……へえ!

 いかにも蝶崎さんらしい、オトナでお綺麗な名前じゃないですか!」


「10月生まれだからって、単純な理由よ。

 それに、花じゃなくて葉っぱだからハチミツは採れないし、月が出るのなんて蜂がブンブン飛んでる時間でもないし

 ……蜂木くんみたいな、元気で、生きる気力に満ち溢れた子が喜ぶようなものなんて、名前からして持ってないのよ」

「い、いやいや、俺も花や実じゃなくて、木なわけですし、

 親友の蟻沢だって、草ですし、」

「木や草なら、根を張ってるんだからいいじゃない。

 私なんか、いくら仕事ができると言われたって、所詮、あなたたちみたいに直接稼いでる営業さんたちの、枝先にくっついて養分をもらってるだけの存在よ」


 いやいや、仕事以外にも物凄い武器をお持ちじゃないですか

 ……と、言葉が喉まで出かけたが、

 だ、ダメだ!

 そんなこと言ったら、気持ち悪がられるか、そうでなくても

 ……それが武器だとしても、その恩恵にあずかれないほど他がひどいのよと、余計に卑屈にさせてしまうだろう。


 その日の午後、蝶崎さんは少しだけイキイキとして見えた。

 少しは、役に立てたんだ。

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