第3話 異世界テンプレ

今日は大将の所でラーメンセットだ。

俺はパラッパラの米が、口の中でほどける炒飯を思い浮かべて唾を飲んだ。

目の前の赤信号が恨めしい。

「豊本、午後の実習忘れんなよ」

「あれ、なんかあったっけ?」

小島の言葉に振り向いた俺は、首を捻って記憶を確かめた。

「牛の種付けの実習!サボったら一発留年だぞ」

——完全に忘れてた。

「ありがとう、メシ行ったら戻るわ」

そう言って小島の方を振り返ったまま、歩き始めた。

小島がまた大声で何か言ったが、俺はそれを理解する事は無かった。



「あなた轢かれたんですよ」

さっきまで信号待ちをしていた俺の前に、見知らぬ女性が座っていた。

サイズ感がおかしい大きさの椅子に座って、俺を見下ろしている。

「どういうことですか?」

「うーん、見た方が早いか」

女性が指をパチンと鳴らすと、空中に映像が流れた。

俺が映っている。

「——飯食ったら」と小島に話しているシーンがアップで。

次に交差点の反対から。

俺が前を見ずに歩き始めた所だ。

信号は赤だ。

あっと思った瞬間——

青っぽい塊が、画面いっぱいに広がって映像は止まった。

「はい。異世界転生のテンプレのような事故でしたね」

「って、マジかよ」

「マジですよ。この事故で運転手さんは前方不注意を取られて免許取り消し。仕事はクビ。執行猶予付き判決は出たけれど、PTSDで社会生活が送れなくなりました。あなたが信号無視をしなければ、小学生の娘さんも家族仲良く暮らせたでしょうに」


——絶句した。

絶句している俺に、女性は容赦なく言った。

「はい。そんな絶望的な運転手AさんとAさんファミリーを尻目に、あなたは愉快な異世界ライフが用意されています。おめでとうございます」

「......」

「どうしました?他人様の平穏な人生をぶち壊してまで手に入れた夢の異世界ライフ。喜ばなければバチが当たりますよぉ」

女性は俯く俺を覗き込んで、煽るように言った。


女性は再び椅子に座り、俺はそのまま地べたに正座していた。

「悪いの誰?」

「俺です」

「どう思った?」

「申し訳ないです」

頭に鉛を置かれたように顔をあげられない。

「Aさんの幸せをぶち壊して」

「すみません」

「奥さんも離婚だよ」

「...はい」

「娘さんの人生もぶち壊し」

「...はい」

「チートスキルなんて貰えないよね」

「はい」

パチンと何かを閉じる音に驚いて顔を上げた。

女性が何かのファイルを閉じて「じゃ、スキル辞退で」とニッコリ笑っていた。

「ちょちょ、何ですかスキルって」

俺が慌てて聞くと「あの有名なやつだよ。ラノベとかアニメで」と急にぞんざいな口調で話し始めた。

「あれってさ、フィクションだから色々手続き端折ってるんだよ。スキル付与って付与して終わりじゃないの、分かる?」

俺は大きく首を振った。

「付与すると定期的にワーカーさんが転生者の所を訪問したり、こっちも抜き打ちで調査したりしなくちゃならないのよ」

「生活保護?」

「同じとは言わないけれど、流れは似てるわ」

「欲しいっす、スキル」

「辞退したからムリね」

女性はにべもなくそう言うとまたひとつ指をパチンと鳴らした。

途端、俺の足元が抜けて身体が落ちて行った。

落ちる俺に向かって「チート辞退者は現世の荷物の持ち込みを許可してるからぁ」と言い忘れたように叫んでいた。

背中のリュックには獣医師用の医学書と実習用の器具しか入っていない。

どうすりゃいいんだよ。

それでも必死でリュックの肩紐を握っていた。


落下の最中に意識を失った俺。

目を開けると、ぼんやりした視界に高い天井が見えた。

身体を起こした。

そこには椅子に座った王様っぽい人と甲冑姿の騎士達がいた。


「おお!勇者たちよ」

王様っぽい人の言葉に騎士達が歓呼の声を上げた。

(勇者たち?)

見回すと俺と同じような人達が数人、状況を飲み込めないという風に座り込んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る