第4話 追放
玲司に胸を貫かれた医者が倒れるのを、ゴブリンと人間が支えていた。
ゆっくりと寝かせて、傷口に何枚ものタオルを押し当てて止血を試みていた。
おそらく無駄だろう。
彼は今、溺れている。
気道が血で満たされる前に、どうにかしなくてはダメだ。
「花蓮、あのテントを狙え。乃愛は火がついたら風を起こして火災旋風を。弁慶と俺は、出て来た連中を斬る」
玲司の的確な指示は、ひとりの生存も許さない意思表示だった。
そんな中で俺は、何故だろう。
死にゆく医者に駆け寄っていた。
リュックから取り出したポーションを傷口に流した。
経口薬だが深い傷口には即効性がある。
あとはこれが人間に使えるかどうかだけれど——
動物用の気管支ブロッカーをリュックから取り出した。
気道に挿管して出血箇所からの血液流入を止める。
呼吸さえ出来れば。
医者の気道を確保して口を開いた。
そして挿管......
口の中に器具を入れようとしたところで、横から殴り飛ばされた。
まだ子供のゴブリンだが、さすがはモンスターだ。
ひ弱な俺くらいならブチのめせそうだ。
医者を守ろうと必死に庇っていた。
説明している暇もない上に、そもそも言葉が通じない。
——どうしたらいい?
早く血を抜かなければ助からない。
戸惑う俺の前にゴブリンがもうひとり現れた。
もうダメか。
そう諦めかけた時だ。
「オマエ、先生、スクエル?」
俺は頷いて、身振り手振りで説明した。
彼は自分をエドと名乗った。
エドは小さなゴブリン頭を撫でると、その場所を空けさせた。
再度挿管する。
動物用だが理屈は同じはずだ。
ゆっくりと気管支に傷をつけないように挿管した。
これで溺れることはないはずだ。
あとは自発呼吸が戻ればいい。
「花蓮さん、国王軍の兵士もあのテントに居る!!」
俺は叫んだ。
ほっとしている場合では無かった。
あの医者はここを赤十字だと言った。
ならば絶対に守らなくてはいけない。
獣医師の卵とはいえ、俺も医者の端くれだ。
「乃愛さん、このままじゃ人殺しだ」
「弁慶さんも、国王軍の兵士を殺してしまったらどうなるか分からないですよ」
詠唱と風が止んだ。
ただ、玲司さんと弁慶さんは構えを解かなかった。
「じゃぁ、魔物だけぶち殺せばいいじゃん」
玲司さんの言葉に弁慶さんも頷いた。
「豊本、お前もだって散々見てきただろ。腹を裂かれて胎児を食われた妊婦や、肝だけ抜かれた死体の山......コイツらのおぞましい所業を」
弁慶さんの奥歯がギリギリと鳴った。
弁慶さんの義憤も理解出来るが、それは彼らの罪ではない。
そしてこの期に及んで彼らは無抵抗だ。
なんとか説得を——
そう思案した時だった。
小さなゴブリンが俺の袖を引いた。
指さす方を見ると医者の顔色がおかしい。
チアノーゼだ。
気道は確保してある。
自発呼吸がなかった。
肺気胸だ。
肺に穴が空いている。
「エド!!瓶に水を入れて持ってきてくれ。あと、管と布とロウソクだ」
俺の言葉にエドが駆け出した。
「乃愛さん、あなたの精霊でこのお医者さんの肺に空気を送ってくれませんか?このままでは死んでしまいます」
逡巡しながら彼女は玲司さんを見た。
苦々しく険しい表情だ。
「救える人が救わなければ、それは殺してしまうことと同じだ!」
俺の言葉に反応があった。
——玲司さんの。
「役たたずが仲間を侮辱して足を引っ張るな!」
剣が振るいおろされた。
刹那、血しぶきが上がり顔を染めた。
血は、俺の上に覆いかぶさった小さいゴブリンのものだった。
俺を殴ったゴブリンの。
「あ、あ、あぁあぁ」
俺は彼を抱きかかえると、失語症にかかったようにそれだけを言い続けていた。
そして何かが弾けると、素手で殴りかかっていた。
「バカ、死ぬぞ」
弁慶さんがタンクのスキルを発動していた。
俺は子供のように弁慶さんの胸を泣きながら叩いていた。
そしてその背中では玲司さん...玲司の剣を一身に受けていた。
俺と玲司は、お互いの敵意をタンクのスキルを発動した弁慶さんに向けていた。
そして斧を置くと、その拳を玲司に叩きつけた。
「頭を冷やせ、お前たち!」
激しく吹き飛ばされた玲司は気を失っていた。
「豊本。リーダーの意思に従えないばかりか、仲間を脅したお前は——追放だ」
弁慶さんはそう言って玲司を肩に担いだ。
そして「救ってやってくれ」と言って去って行った。
医者は精霊の働きで今は呼吸をしていた。
けれど乃愛さんが皆と行ってしまったので、その効果もあと数分だろう。
俺はエドが持ってきた瓶の水を適量まで減らすと、布で蓋をした。
そこに切り込みを入れて管を二本通す。
長い管は水の中へ。
短い管は水面より上に。
そして蓋を蝋で固めた。
医者の肋骨に手を当てる。
ゆっくり肋間を探ると、アルコールを十分に噴霧した。
俺の手も、ナイフも器具も。
皮膚を裂き脂肪層を分け、筋組織を通過した。
血液が流れ落ちた。
もう血は十分だ。
獣医師になるには失格だろうか。
そんな思いが過ぎった。
そこに自作した器具の管を挿管した。
水が泡立ち始めた。
これで安心だ。
胸に溢れた空気を抜いて、風船のように萎んでしまった肺を膨らませる。
これで自発呼吸が始まるはずだ。
ようやくほっとした俺は、その場に仰向けに倒れ込んだ。
青い空が徐々に暗くなっていった。
周囲のざわめきも遠く遠く——
魔物のお医者さん 浅見カフカ @Asami_Kafka
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