第2話 13人目
「は?」
13人目? 何を言ってるんだよ。俺は一人しかいないはずだろ? オレは俺だけだ。
そうだよな?
オレは顔を上げて、死んだ俺を見る。
大丈夫だ、オレは俺だけのはずだ。
オレがもう一人いや、他に12人もいたらオレは何なんだよ。
「桜間トオルだ、違いはない」
頭に声が響く。
「ウルセェんだよ! 一人にしてくれ! 誰なんだよお前は!」
すると周りの空気が揺れて、蜃気楼の中から一人の左腕が欠損している、男と金髪の少女が現れる。
少女の方はゴシックなドレス、いやメイド服と称したほうがいいのか、そんな黒の高級そうなメイド服に身を包んでいる。
一方で男の方は表現のしようがないほどの異形だった。
乱れくすんだ黒い、白髪混じりの長髪、長身のその男は悠然と俺に歩いて近づいてくる。
異形と一目でわかる理由は単純だ。
顔がわからないのだ。
口元はわかるが顔の上半分が割れている。
そう割れているのだ。まるで陶器のように割れており、目の部分とデコの部分が割れている。
そしてその中からいくつもの歯車が顔を覗かせていた。
服装も常人とは言い難い。何しろボロ布一枚を腰に巻き、上半身は裸だ。そして金髪の背の低い少女をまるで従者のように連れて、俺に近づく。
「……!」
俺は思わず後ずさった。
この男、左手がない。同時に俺は確信した。
俺の腕に装着された機械の義手。間違いなくこの歯車の男と関係がある。
「察しがいいな。いや12回もコピーされれば流石に勘づくか」
何だ、俺の思考を読んだのか?
「思考を読まずとも顔を見ればわかる」
歯車の男は笑った。
舐めやがって。
「ふざけんな! 覗くな! アンタら何なんだよ!」
オレは叫ぶ、でも、ちくしょう、声が震える。怖い、恐ろしい。悪態を吐こうにも目の前のこの男の威圧感に俺は萎縮している。
「落ち着け、桜間トオル」
すると歯車の男はかがんで、尻餅をついている俺の顔を見つめた。
確かだ、目に当たる部分は歯車が回っているが確かに“見られた”と俺は感じた。
コイツは俺を認識している。感じ取っているのだ。
「私は記録と情報の神『タイプライター』だ」
神? タイプライター? 俺の頭は真っ白になる。
「理解できんか?」
歯車の男はいや、タイプライターはそう呟く。
「理解できないも何も、俺は……オレはり、旅行中で東京から出てくとこで……」
「やはりな、記憶が混濁しているのか」
思考を読めるのか読めないのかどっちなんだ、オレが言葉にする前に察してくれよ。
「いきなり頭からつま先まで記録を盗み見るような真似はせん。そんなデリカシーのない神に見えるのか、私は。アリスどうだろうか、私はいささか無遠慮に見えるか?」
タイプライターは再びオレの思考を読んで、そして金髪の少女に話しかける。
「ノンデリを司る神の父さんがそんなことを気にしておいでとは知りませんでした」
長身の自称神様、タイプライター。その2メートルを超そうかという身長の半分すら満たないような女の子がタイプライターに向かってそう言う。
「ノンデリ? ノンデリカシーのことか……? バカなそんな記録は無いはずだが……? おっとすまない、このアリスは私の従者だ。私の秘書であり娘だ」
「秘書兼ストッパーのアリスですよろしく」
そう言ってアリスは頭をオレに下げた。
何なんだコイツら。一体何が起こってるんだよ。
「落ち着け、状況を説明しよう」
タイプライターは地面に腰を下ろすと、そしてため息をつきながら話し始めた。
「まず君は異世界に転移した」
「異世界? じゃあここって……待て、は?! 日本ですらないのか?」
タイプライターはうなずく。
「そんなの信じられるかよ!」
俺は思わず立ち上がる。こんなバカなことに付き合ってられるわけがない、夢か何かに決まっている。
「行くのか?」
タイプライターの言葉に背を向ける。
「私は事実を喋っている。事実からは──」
「いや真実からは逃げられない」
そのタイプライターの言葉に俺の足は止まった。
「……クソ、クソッ!! あああッ!! 何だよ!! 何なんだよ!! いってみろよ! じゃあ!!」
オレは叫んだ。叫ぶことで頭の中に響いている不安の声をかき消そうとしたのだ。
「君は異世界に転移させられた」
「それは……さっき聞いた!」
「ここからが本番だ、転移させられたのは君だけでない家族と……そして東京の一画、いや一部分ごと転移させられたのだ」
その言葉に俺は動揺する。
東京の一部分ごと?
「街ごと転移させられたのか俺は?」
「……そうだ」
タイプライターはそう呟く。
思わず笑いが込み上げてくる。
「なんだよ……それ……何なんだよ、ハハ、じゃあ何か? 俺は、オレ達は何のために召喚されたんだ?」
世界を救うため? いや、それにしては何でオレ達、家族ごと? いや、そして俺たちの街ごと召喚した?
では何かの事故か? いやそれも考えにくい。事故にしては近くにいる俺の死体の傷が少し変だ。まるで何かに切りつけられたようなでかい切り傷がある。
服が裂かれ紅が染みるその傷からは何者かの悪意すら滲み出ているように感じた。
そしてタイプライターは真実を言う。醜悪な、最低な真実を。
「桜間トオル、君たちは……生贄のために異世界から呼ばれたんだ」
笑った。あまりにも理不尽すぎるその答えに、笑った。
笑うしか無かった。
「はは……生贄? 何のだよ……?」
タイプライターはため息をつきながら答える。
「とある魔法を兵器転用しようとする国や軍がいるのだ……それには生贄がいる」
「はは……アハハハ!!」
何だよそりゃ、最悪すぎる。オレ達は何の特別な理由もなくここに呼ばれて、まさか消耗品の代わりかよ。
「ふざけんなぁ!!!」
オレは叫んだ。
「そうだ、ふざけている。だが合理的だ。アバール国はわざわざ自国の民から生贄を徴収する必要なく、、大規模な戦略的魔法を使えるのだからな」
ふざけている。こんなことが許されていいわけがない。
「待てよ……そもそも……結局、ここに倒れている俺はなんなんだよ、関係あんのか? なんでオレと同じ顔なんだよ……なんで……タイプライター。お前は13人目のオレなんて言い方すんだよ……」
そして、まるで八つ当たりのようにオレはタイプライターに質問する、核心を聞くために。
「……最初、異世界に東京の一部分が召喚された時、なんとかしようと行動する勇敢な者達がいた。その中の一人が……君だ」
タイプライターは重々しく口を開く。近くにいたアリスも気まずそうにオレから目をそらした。
「本来、他の世界の無辜の民を犠牲にすることなどタブー中のタブーだ。故に本来、無干渉を貫いていた私も、止めるために現世に降りた」
「どうして……オレなんだよ……」
オレが喉からそう声を絞り出すと、タイプライターは無機質に告げた。
「42人」
それはただの数字だ。人の数だった。
「状況を打破しようとした勇敢なる者の数だ。全員死んだ。君を除いて」
そうただの数字だ、教科書に出てくる。戦争の犠牲者の数のようにただ羅列された数字。
オレはそうとしか感じられない。なぜなら、
「……覚えて……ない……」
オレにそんな記憶はない。あるのは車の中で寝ていたという平和な、なんの変哲もない記憶だけ。
「それが一人目の桜間トオルだった」
やめろ。
「私が駆けつけた頃には撃たれたせいで瀕死だった。死なせるわけにはいかず、やむを得ず、私の力を使った」
やめてくれ
「そして二人目の君が生まれた。二人目の君は私が授けた力を使い上手く戦ったが、敵の剣で頸動脈を裂かれてな、そのまま死んだ」
淡々と死因が語られていく。
「三人目はもっと悲惨だった。度重なる激戦の中、ふとした瞬間にバランスを崩しそのまま崖から落下し、即死した」
俺のオレ達の死因が。それは今のオレがホンモノから程遠いと説明されているようにも感じられた。
「……四人目は──」
「父さん!!」
その時だった。アリスが叫び、タイプライターを制止する。
「彼、苦しんでます! もう止めて!」
「……彼には知る権利がある」
タイプライターはそう言うが、その言葉でさらにアリスは逆鱗に触れたらしい。
「彼にそんな精神的な余裕があるわけないでしょう!! 必要な事ですけど! 空気読んでください!」
その言葉で、タイプライターは若干たじろぎ、
「スマン」
と言ってそのまま黙った。
「ごめんなさい、トオルさん。父が空気が読めなくて……父は情報と記録を司る神だから公平性に頭がやられてるんです……だから少し情緒が乏しくて……」
「おい」とタイプライターの言葉が響く。俺は今の情報を飲み込んだ後、ただ呟いた。
「オレは……ニセモノ……なのか?」
思わず、弱音みたいなそんなセリフがこぼれ落ちた。
オレは誰なんだよ、オレは……。
「違う」
その時だった、力強い否定の言葉が響いた。
「断じて……それは違う……!」
それはタイプライターの言葉だった。
「父さん!」
「いや、これだけは言いたい。それは断じて違う」
タイプライターはオレの肩に手を置いた。
「君は写本だ」
「何だよ、それ……」
「それは……原本の写し、世に出回るための量産された本だが……本質は情報にある」
「君は、君の思いを受け継いだ。桜間トオル本人そのものだ。13人目の本物の君だ」
勇気づけようとしてくれているのだろうか。でも、俺はただ自嘲気味に笑って言った。
「でも、それは……神様の理屈だろ?」
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