異世界で目が覚めたら目の前で俺が死んでました。この世界でオリジナルの俺はとっくに死んでたみたいです

青山喜太

第1話 俺の名前は桜間トオル

 冷たい、寂しい、死にたくない。そんな苦しみが俺の胸の中で騒ぎ始める。

 目を開けると、陽の差し込む古びた石造りの壁と天井が俺を無関心に見つめている。


「生きてる?」


 何でそんな感想が口から溢れるのか俺もわからない。

 俺は桜間トオル、普通の高校生だ。

 今日は家族と一緒に旅行に出掛けて、それで……。


「あれ?」


 俺は頭を抱える。それで、どうしたんだ? 何で俺はこんなところに寝ている? まるでRPGに配置されてるダンジョンみたいな石造りの遺跡だ。

 何のために作られたのか皆目見当もつかないが、少なくとも旅先の旅館には見えない、いやそんなことよりもだ。


「車の中じゃない?」


 そうだ……俺は、そもそも車の中で寝てたはずだ。なのに何でこんなところで寝ているんだ?


 一瞬この景色が現実じゃあないのではないのかと疑う。

 

「なんだよ、早く覚めろよ……!!」

 

 そう念じて目を閉じる。でも夢から覚めない。

 床から感じるのは柔らかいビニール製の車のシート感覚ではない。

 湿ってて、苔の生えた石畳の冷たくて寂しい感触。本物だ、その感覚はちゃんとした実物感を伴っている。


「クソ……! ここどこだよ」


 ここは現実なのではないか。

 そんな不安を振り払うように俺は上体を起こして周りを見渡した。

 感じる空気すらどこか違う。少なくとも東京のアーバンなと言えば聞こえの良い、少し濁りを感じるような空気ではなかった。


 そんな時だ。


 が叉リ


 ガシャリ? どこからか機械が動くような音がする。

 俺は音の方に首を動かす。ちょうど右の方からした気がする。


「あ?」


 するとどうだろう、俺の右手には人がいた。

 見知らぬ人ではない。それどころか俺が見る顔だ。

 普段の鏡で水たまりで、夜のコンビニの窓でスマホの内カメラで、よく見る顔がそこにはいた。


「あ、がぁ……ぁ」


 俺がいた、目の前に血まみれの俺がいた。他人の空似? いやそんなわけない!


 パッとしない黒髪に、目つきの悪いその目! 黒のジーンズに白のワイシャツ……低くも高くもない身長まで俺そのものだ! 


 違うのは、服装が汚れ血まみれなのと、目の前の俺の左手は何故か機械の義手のようなものをつけているということだ。


 スマホだとか、カーボンナンチャラなどというようなそんな先進的な文明が作り出したとは到底思えない、昔のよく動くゼンマイ仕掛けの芸術品の延長のようにしか見えない、そんな義手だ。


「う……あ、ごほ……」


 目の前の俺が血を吐いた。


「あ、おい! し、死ぬなよ!?」


 どうすればいい、どうすれば!? よく見れば目の前の俺の手足にも傷があるじゃないか!

 しかもこの傷が化膿している!


 死ぬ、間違いなく。目の前で。

 俺の顔をした、俺みたいな奴が。


「何なんだよ! どうしろって──!! ああ!」


 俺は思い切り立ち上がる。


「待ってろよ! 俺今から助けを!!」


 その時だった、血まみれの俺が俺の足を掴んだ。


「何すんだ! じっとしてろよ!」


 動くのも、いや息をするのも苦痛なはずだ、それなのに血まみれの俺は俺の足を、いやズボンの裾を義手で力強く掴む。


 何か言いたいことがあるのだろうか。


「……わかった! 言いたいことがあるなら早く言え!」


 聞き終わったら誰かを呼びにいけばいい。

 そう思った俺は屈む、血まみれの俺みたいな奴が何を伝えようとしているのかを知るために。


「────を──頼む」


 何を言っているか聞こえない、そう言おうとしたその時だった。


 が叉


 と音がして、俺の首元に義手が伸び引き寄せられる。血まみれの俺の口元に俺は無理やり引き寄せられた。


「なんだよ──」


 思わず、そう言う俺に、血まみれの俺は言った。


「両親と、妹を頼む……!!」


 涙を流しながら。


「両親と妹をたの、む」


 懇願する、血の混じった涎を垂らしながらそう言い、そう叫ぶように血まみれの俺は呟いている。


「え、あ……」


 その気迫に俺は思わずフリーズしてしまう。


「頼……む! た、のむ!!」


 だがそれでも俺は縋るように懇願することをやめない。


「あ、ああ、当たり前だ妹と父さん母さんは俺が……」


 だが──。


「たの、む、父さん、と母さん、アカリを」


 目の前の俺は祈るように言葉を託し続けている。


「おね、がいだ、ゴホ、ガぇ、俺の家、ぞ……くを……」


 目の前の俺は、耳が聞こえていないんだ。

 俺は咄嗟に目の前の俺が装着している義手を掴む。


「当たり前だ、大丈夫だ、大丈夫、大丈夫だ!! 俺の家族は俺が守る!」


 だから安心しろ。

 その時だった、目の前の俺は何も言わずに目を閉じた。

 笑ってた。

 笑って、死んだ。


 ─────────────


 脈もない、体温も失われていく。


「死んでる……」


 間違いない、目の前で俺と同じ顔をした人間が死んだ。

 いや、コイツは本当に他人なのか? なんで妹の、アカリの名前を知ってんだ?

 なんで俺はコイツの隣で寝てた?


 俺の首元を握りしめる義手はいまだに力が篭っている。


 確かなのは、俺は目の前の俺から託されたということだ。家族のことを、いや、それ以上のことを託されたのかもしれない。


「使用者の死亡を確認」


 その時だった、首元の義手から声が響いた。


「使用権を新規使用者に譲渡します」


 義手が死んだ俺から外れた。

 それと同時に、五本の指を駆使して器用にまるでムカデのように俺の体を這う。


「なんだ!? や、やめろ!」


 なんだ何をするつもりだよ! コイツ!

 振り解けない!


「接続箇所を確認中」


 嫌な予感がする。


「接続箇所を認識、左腕を置換します」


「やめろ!!」


 その瞬間だった俺の腕が、左腕が光と共に弾け飛んだのは


「うあああ!!!!」


 ナイフで刺されたなんてものじゃない生きたまま皮を剥がされ、酸を傷にぶちまけられたような痛みが俺の左腕を襲う。


 そしてそんな痛みと同時に、義手もパーツ毎にバラバラになる。

 数にして千を超えそうな機械が俺の光と化して弾け飛んだ左腕を補うように、覆うように装着されていく。


「あぁぁ!!? 何なんだよ! 何してんだよ!」


 そして、永遠のような一瞬の痛みが引いたその時だった。


「装着完了、新規利用者様、よろしくお願いします」


 今度は頭の中で少女の声が響く。


「おはようトオル、私がわかるか?」


 そして見知らぬ男の声も。


「いや、今のお前は何もかもが初見のようだ」


 何を言っているんだ、コイツは。


「まあ、いいかこれからもよろしくな13人目の桜間トオル」


「……は?」


 俺は、オレは思わず呆然とその場にうずくまったまま動けなかった。

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