第2話

 私にもモテまくった時期がある。20代半ば、そりゃそうだ若かっただんだから。今ならわかるけど、そのときはわからなかった。だって若かったから。食事会だなんだと理由をつけて誘われ、次は二人で会ってほしいと言われる予感もして、そのとおりになる。しかしあの頃の私は身持ちが固かった。この人こそ、と思える人を探していて、探し続けて、今やアプリを通じてしょうもない男と付き合っている。

 そんなモテ時代に丸田さんと出会った。当時の職場で私の教育係をしていた上司の後輩という関係で、上司は「丸田くんどう?いいやつだよ。」とさかんに勧めてきた。勧められる前から気になっていたけどね。とは言えず、久しぶりのドキドキを楽しむ日々が始まった。上司がそう言うからには、何か機会があるんじゃないかとその時を待っていた。時折り上司のところにくる彼に挨拶するようになり、一応の顔見知り程度には昇格した。何から何まで好みだった。

 最初は丸田さんと丸田さんの後輩と3人でランチをした。何を話したのか、何を食べたのか覚えていないほど、私は舞い上がり、後輩くんの名前も覚えていない。丸刈り頭の人だったと思う。私の頭の中は丸田さんで一杯でとても幸せだった。あのときの私はまるい形だったと思う。丸田さんだけに。というわけではない。自分の意思で、気持ちの勢いのまま心が出来上がっていたのだ。それが幸せのかたちだと思う。将来性、損得、周りの評価、何もかも関係ない。ただただ好きで好きでたまらなかった。この気持ちを温めていれば、何もかもうまくいくと信じていた。我が人生のハイライトである。

 結論としては、私は丸田さんと交際に発展することもなくフラれることになる。反省点ばかりだ。フラれることに怯え過ぎてフラれた。あんなに好きだったのに。

 何度か二人で会うようになり、私の思う私らしさを少しずつ出せるようになって、丸田さんとの時間はより楽しくなって、ある時から手を繋ぐようになった。もう付き合うじゃん、もうすぐじゃんと確信する。そう思った私を責めないでほしい。

 春に出会い、忙しい合間(彼は職場の野球部に属していた)を縫って二人で会ううちに季節は夏になった。花火大会に誘われて、会場に向かう途中で初めて手を繋いだ。それから二人で会うときは手を繋ぐようになった。寒くなってきた頃、夕飯後に井の頭公園を散歩することになった。職場に近いのに、見られても大丈夫なんだと嬉しくてたまらなかった。

スタバで買ってもらったコーヒーを片手に待ち、もう片方の手は繋いでいる。

あれから20年弱経った今でも最高のデートだったと思う。ミシュランの星付きレストランよりも、夜景を見ながら外車で湾岸ドライブよりも、どんな煌びやかなものよりも愛おしい時間だ。

 私はいつその時がきてもいいように、ばっちり準備をしてデートに臨んでいたのに、いつも遅くならないように駅まで送ってくれた。その優しさが嬉しくもあり、寂しくもあり「もっと遅くなってもいい。」と言ったこともある。当時の私にしては、かなり思い切ったんじゃないだろうか。私がもう一人いたら、偉かったねと頭を撫でてあげたいくらい。でも、丸田さんは優しく「お母さんが心配するで」と私を帰した。その頃、彼はもう私とは深い仲にならないことを決めていたのかもしれない。

 丸田さんと会った帰りの電車では、平井堅の「センチメンタル」をエンドレスリピートしていた。この歌は私のためにあるんだと信じて疑わなかった。あの時の私は自分の心の場所がわかったから。

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まるい @crescentworm

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