まるい

@crescentworm

第1話

 「まるいは正義」「まるいは愛」つぶやきながらどら焼きにかぶりつく。喉の奥がツーンとしてきて、泣きそうな自分に気がつくけれど、それも含めて全部飲み込んだ。涙の素と一緒に飲み込むどら焼きは少し硬かった。

 あんこは粒あん派。本当はこしあんも好きだけど、どら焼きのは粒でなくちゃ。ありのままの私をまるっと包んで、甘く優しい世界に連れて行ってくれる。それには上品なこしあんだとちょっとパワーが足りない。だめだやっぱり泣いてしまう。不愉快だった一日を思い出してしまう。私の世界に尖ったものはいらないのに、どいつもこいつも尖って、攻撃的で、高圧的で、そうしていないと自分の形がわからなくなってしまうと言わんばかりに自己主張を投げつける。

 「ミチって本当にリアクション小さいよね。なんか虚しくなってきた。」最近付き合いはじめたばかりの男に言われた。いやいや、「虚しい」はこっちのセリフ。小さいリアクションしか取れない己の不甲斐なさを嘆いてほしい。マチアプで知り合った一志と会うのは3回目だった。初めて会ったときから、自分のことばかりよく喋る人だとは感じたけれど、一志は自我の塊のようなやつで一緒にいる時間の99パーセントは自分の話をしている。彼が自分の恋愛遍歴を話して聞かせるので、私のことを話そうとすると、「そういうの俺は気にしないから。」と一蹴された。なぜ上から目線?と一瞬思いつつ、考えないようにしようと自己防衛してしまうのが私の悪い癖なのだ。出会いたてほやほやのまだ湯気が出ているような時期のはずなのに、華麗なる武勇伝に「マーベラス!」とでも叫べば良かったのか。いや「マーヴェラス!」じゃないと。そうか、私はとんだうっかりさんでした。うっかりさんな私でごめんなさいと下手に出ながら、一志の長い説教をやり過ごした。

 そして今、泣きながらどら焼きにかぶりついている。私にはこんな男しかいないことが悲しかった。時間休まで取って、張り切って身支度を整えて会いに行った自分が恥ずかしかった。別に振られたわけじゃない。一志は説教も好きなプレイの一つなのだろう。それもわかってきて、なおさら悲しい。私はそんな人タイプじゃない。でも私はこんな人からしかモテない。惨めだ。

 恋愛という舞台ではどうしても自分が出せない。そんな私も仕事では鬼軍曹かのように恐れられている。電話をおどおど取り次ぐアルバイト君に「何?何言ってるかわからなーい、大きい声出して!」なんて言っちゃったりして。怖い怖いお局さまだ。ただの事務職とはいえ、長く続けているので、役職はつき、責任は重くなり、体力は落ちる。だからイライラする。この私も本当の私じゃない。小さな事業所で、安い給料で、威張って働くなんて、最低最悪。こんなはずじゃなかった。私も尖ってる、どいつもこいつも。

まるくなりたい。まるく生きたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る