1-5 噴水広場にて 観客席をも舞台へと
「恥ずかしくないんですか!」
突然飛び込んできた声が、耳と心に響く。
自分が言われたのかと慌てて顔を上げ発声元を探すと、噴水広場に人だかりができている。
立ち上がりその群衆の先を遠巻きに覗くと、大柄の男が大道芸人を脅し、その芸人を庇う様に少女が割って立ちはだかっていた。
声の主はきっとあの少女だ。
容姿は…水色の髪で背丈は小柄…150cmくらいだろうか。
「てめぇもうるせぇな!ぎゃーぎゃー騒ぎやがって!」
対する大柄の男はスキンヘッドで筋肉質。
目つきは悪く顔が真っ赤で片手には酒瓶…酔っ払いだ。
「騒いでいるのは貴方も一緒です!」
自分の2倍以上はありそうな体格差にも引けを取らない。集まってきた野次馬達の話し声に耳を傾ければ、
「あの酔っ払い、突然「うるさいうるさい」ってやってきて芸人さんに殴りかかったのよ」
「やだ…飲んで暴れて…。うるさいのはどっちかしら」
「昨日の夜路地裏の店でずっと飲んでるの見たぞ。その時も荒れてたな」
ひそひそと話をしていても、誰も直接止めに入ったり声を掛けたりはしない。
当たり前だ。誰だって関わりたくはない。
そんなものは街の警備に任せておけばいい。
「この人は何も悪い事をしてません!ちゃんと許可をもらって芸を披露していたんです。謝ってください!」
「知らねぇよ!俺が気に入らねぇんだ、ガキもしゃしゃり出るんじゃねぇ!」
少女は引き下がらない。
庇われている芸人はその場にへたり込み動かない。恐らく腰を抜かして動けないのだろう。
先程には不安定な足場の上で見事なバランスを取り、喝采を浴びていた姿からはかけ離れた情けない姿だ。
「止めに入ったら?」
隣から聞こえた声に、またもピクリとする。
そーっと視線を向けると、ユリオよりも少し年上の男女が呆れつつ会話をしていた。
「俺達には関係ない」
橙色の髪が目立つ落ち着いた男の方が軽く返す。
「そうねー」と投げかけていたもう一人の紺色の髪の女も呆れた様子で腕を組む。
…そうだ。誰も関係ないと思っている。
壇上の歌劇で行われている一幕を鑑賞しているような、そんな様子だ。
割って入った少女は、さながら英雄。
どんな手段で相手を成敗するのか。そんな英傑譚を望んでいるようにも見える。
異質と感じる光景を、最後尾からユリオは眺める。
そして、
(早く離れよう)
巻き沿いにはなりたくない。
万が一にでも関わるようなことになったら困る。
街の出口に向かおうと争う声と群衆に背を向けた。
しかしその歩みは唐突な綺麗な音によって引き留められる。
パリンッ
ガラスの割れる音が、一瞬の静寂を作った。
振り向くと、酔っ払いに握られていた酒瓶は床に落ち砕けている。
その持ち主は大声…いや、もがき苦しむようなうめき声をあげ、頭を強く抱え込み苦しんでいる。
「なんだ、あれ……」
誰かが漏らした声は、周囲の心を代弁していた。
その足元からは、黒い霧のようなオーラがゆっくりと湧き出し、酔っ払いを包み込んでいく。
「ぐ、ぐがっ…ガァアアア」
悲痛な叫び声が空気を揺らし、どんどんと黒いオーラを膨れ上がらせる。
「ひゃっ……きゃぁ!」
そんな光景を前に、明らかに異常な光景を前に逃げ出す者。
眼前の光景に視線を釘付けにされ動けない者。
そしてユリオ自身も、平和な街に突如現れた「起きるはずのない現象」を目の当たりにし身体が動かない。
僅かな静寂の中、勢いが弱まった澱んだオーラの中から赤黒く眼光が浮かび上がる。
その瞬間、内部からの咆哮がオーラを霧散させる。
現れたのは、肌は紫色、人の胴体ほどの四肢を持ち、鋭く太い爪を生やし、まるで血管が生き物のように脈打ち浮き出した…そこにいたはずの存在の原型を保っていない。
その姿は「魔物」を超え、生物が強い瘴気の影響を受けてしまった末に起こる現象と酷似していた。
それをユリオは知っている。この悪夢の存在を。
「アールス化…」
ソウルアーツ 名瀬祈 @nase_inori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ソウルアーツの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます