1-4 市場にて 世界地図と穏やかな街並み
あの夫婦には良くしてもらった。
依頼は済んだが、何かお礼がしたいと考えてしまうのは親切にしてもらったからに他ならない。
そう一方で、ユリオは親切にされる事が苦手である。
いくら一人旅とはいえ、人と関わらずにはいられない。
向き合えるようにもなりたいが、なかなか難しい事情が彼にはあった。
「えーっと…」
宿屋を離れて、次の街までの補給の為、市場通りを歩いて眺める。
いくつもの露天商が並ぶ。そこには、それぞれ焼き立てのパンの匂いに綺麗に並べられたアクセサリー。朝採れを売りにした水々しい野菜に果物。平積みにされた本に…近づきたくない高そうな壺もある。
見るのは楽しく、目移りするが持てる物には限りがある。
一度持ち物を確認しようと、近くの空いていたベンチに腰掛けた。
肩から掛けられたボディバックはさほど大きくないが、仕切りやポケットも多くそこそこ入る。
几帳面に整理された中身を確認しつつ、もらったノートや差し入れを丁寧に詰めていく。
その中の一つを見て手を止めた。
「世界地図…か」
貰った地図は、世界地図だ。
各国の領土範囲と主要な街の位置が記載されている。
その左上には、
【ルナシア】
と、記載されている。この世界の名前だ。
誰がつけたのかは不明だが、この世界はずっとルナシアと呼ばれていた。
ルナシアには四つの国がある。
この中継街ハズマダがあるのは、地図上東に位置する「イェストール」。
豊かな自然に恵まれ、農産物の生産地として知られており他国への貿易商材の殆どが食料である。
物流の多さもある為に、この街のような中継拠点となる街は国内に数ヶ所点在する。
世界的に見れば、現状最も安全な国だ。
「パパ!ママー!あっち行きたい!」
ふと耳に飛び込んできたのは何気ない子供の声。家族連れでの買い出しだろうか。
当然この街には居住区画もある。
安定した物流と豊かな環境から、人が集まり、夜が近づいている時間でも賑やかな街へと発展を遂げた。
「待ちなさい」と子供の我儘に振りまわされる親は困りながらもどこか嬉しそう。
視線を他に移せばベンチで穏やかに腰掛ける老人と犬。
噴水のある大広場で賑わう大道芸。
どれも街の中が安全である証拠であり平和な光景。
これをユリオは複雑な心境で羨ましく眺める。
(この光景は、とても貴重で…まるで夢みたいなものなんだろうな…)
イェストール国内の詳細な地図は持っていたが、世界地図と見比べると「世界は広い」と感じさせられる。
近いうちに国境を超えて他の国に行くのだろうかと少し楽しみと思う一方で、旅をする事が自身の願いでも目的でもない。
目立たず静かに、誰にも迷惑を掛けず、踏み込まず踏み込まれずな距離感を保ちたい。
望むものがあるとすればそんなものだ。
だから、面倒事なんかは特に無縁でいたい。
ただ…そう、ただただ逃げたいという気持ち。
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