1-2 宿屋にて ありがたくも耳が痛い
商業の街「ハズマダ」
物流の要として多くの商人が往来し、街路にはいくつもの店と露天商が立ち並ぶ中継街。
観光客や商人、旅人…様々な人を迎える宿屋も当然軒を構えている。
「いやーご苦労さん!こんなにきれいになるとは思わなかった」
「本当ね。倉庫の中があんなに広かったなんて、忘れちゃってたわ」
完了の報告と確認を頼むと依頼主の宿屋夫婦は歓喜し、ユリオを労う。
「俺が腰を悪くしたせいで、自分でできなくてな。こういう依頼は、ギルドに頼みづらい。こんな雑用を引き受けてくれるノマドは、本当に助かるよ」
掃除などの雑用は、報酬が少なく仲介料が取られてしまう。
その事から「ラファステ依頼受諾組合」…通称『ギルド』には依頼を出し辛く、受領率も悪い。
そんな中ユリオのような「ノマド」は、身元が明らかでない事が多いが、条件があえば少額の依頼や危険なものまで引き受けてくれる。
「さぁ、これは御礼よ!沢山食べて頂戴!」
女将さんが、遅めの昼食にと用意してくれた品々が、目の前にずらりと並ぶ。
パンにシチュー、サラダとミートボール。デザートにはカットフルーツとハーブティー。
残り物だというが、どれも出来立てで温かく疲れと依頼完了後の安心感とで非常に食欲を唆られる。
「すみません。なんか色々していただいちゃって…」
ここで依頼をこなす間、宿の一室と食事を格安で提供してもらっていた。
報酬自体は少ないが、今回の依頼はユリオにとって雨風危険を気にせず夜を過ごし食事も豪勢…と、かなりおいしい。
「気にするな。それに、まだまだ育ち盛りだろ?食べれるのも若いうちだ。あっという間に喰いたくても胃もたれの事ばっかり気にしちまうようになるんだからな!」
「そう、ですか…」
反応に困っていると「そこは笑え」と、豪快に背中を叩かれる。
食事をする最中、話題は自然とユリオの事になる。
「まだ若いのに一人旅なんて大変ね。何か事情があるの?」
旅先で誰かと関われば、身の上を聞かれるのはお決まりだ。
まだ十七歳の少年が一人旅をするには今のこの世界はとても治安がいいとは言えない。
「特にはないんですけど…自立しなきゃなって気持ち、ですかね」
世界各地で、土壌や生物に悪影響を及ぼす「瘴気」の発生が活発化している。
影響を受けて凶暴化した魔物の出現も相次ぎ、街道の往来には護衛を雇う事が必須となり、大きな外壁や囲いのない小さな村は魔物が侵入することも珍しくない。
世界的な問題として、各国の政府や教会…そして直接対応する軍や街の警備隊なども手をこまねいている。
「立派だけど、心配ね。この前来た得意先の行商人も馬車が魔物に襲われたって言うし」
「瘴気の霧…みたいなものが湧いてる土地もあると噂には聞いた。お陰で旅行客も年々減って、うちも空き部屋が増えてきた」
確かに、客室も食堂も空きが目立つ。
中継街として栄えた街の中には、他にも宿屋やホテルは多い。
しかし、現状の世界情勢ではどんなサービスや価格設定をしても利用者が減っている。
どこも繁盛しているとは言えない。
「ユリオ君は魔物に襲われたりしていないの?街にいない時はどうしているの?」
「えっと…まぁ、野宿する事が多いですかね。危ない事もあったけど…まぁ、この通り元気なんで」
少しだけ、口籠る。
護身用にと、育った村で習得した体術。
これのお陰で街道に出てきてしまうような、小型の魔物程度であれば対処可能だ。
加えて、ユリオにはその脅威を退けられる理由があった。
それが彼が旅をする最大の理由でもある。
「しっかりしてるわね。うちの子もあなたぐらいちゃんとしてくれてたらいいのに」
夫婦には息子がいるという。
昨年王都「コアイエトル」へ移住したが、なかなか仕事に慣れず弱音の手紙が届くとの事だ。
「泣き事ばっかりなのよ。仕事先の人達にまで情けない姿見せてないか心配だわ」
受付に掛けられたコルクボードには、宿屋主人達家族と思われる仲睦まじい写真が数枚見えた。
その様子から親子関係が聞かずとも伺える。
言葉では卑下しながらも、我が子について話す表情は明るく、心配している証拠だといえる。
親というものはきっとそういうものなのだろう。
その光景を見て、ユリオは小さく肩を落とす。
反応しようにもうまく返しが思い浮かばず、目の前のスープの中を、視線とスプーンがぐるぐると泳ぐ。
具沢山で暖かく、色とりどりの野菜も食卓を彩り華やかにする。
微笑ましく目を背けた先も鮮やかで、ユリオの心は暗くなる。
「ご家族への連絡はどうしているの?」
これも決まりきった質問だ。
「いえ、全然…。何か、気恥ずかしくて」
「数日しか一緒に過ごしていないが、お前は気が利く働き者だ。ちゃんと元気だってだけでも、便りぐらいは出してやれよ」
苦笑いをしながら、ユリオは「はい」と返事をする。
その表情を見た宿屋夫婦には、思春期の少年が持つ恥ずかしさと照れくささのように映ったが、本人にとっては耳が痛い話だ。
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