第2話 ヤンキー、死ぬ

 薄曇りの空は、今の俺の心境をそのまま写したようだった。

 晴れるでもなく、泣き出すでもなく、ただ鈍色の雲が空を覆っている。


 NODCD《ノッド》の高層ビルを背に、大通りを歩く。

 三年前の関東崩壊霊障事件以降、東京は一度崩壊し、霊障特区――凍経都トウキョウトとして再構築された。


 その名残は今も街の至る所に残っている。

 めくれたままのアスファルト。

 無数に走るひび割れ。

 足元の凹凸でこぼこは、復興がまだ途中であることを否応なく教えてくる。


 その中央を、透明なカプセル状のトンネルが貫いていた。

 自動物流システムが、無機質な速度で荷物を運んでいく。


 崩壊と最新技術が同居する街。

 凍経都は、そんな歪な姿のまま前に進もうとしていた。


 消化しきれない怒りを胸の奥に沈めたまま、ぼんやりと歩道を進んでいた、その時だった。


「――マ、マジかよ!!」


 視界に飛び込んできた光景に、思わず声が漏れる。


 セダンタイプの一般車。

 その運転席で、ハンドルを握ったまま男が突っ伏している。


 ――気絶している。


「間に合え――!!」


 考えるより先に体が動いた。

 車道へ飛び出す。

 幸い交通量はほとんどない。


 車の進路に立ち、腰の刀へ手を伸ばしかけて――舌打ちした。

 さっき、返却したばかりだった。


「なら、止めてやらああああああああ!!」


 両足を踏みしめ、両手を構える。

 逃げ場はない。

 来い。


 時速八十キロを超えた車体が迫り――次の瞬間、生まれて初めて味わう衝撃が全身を貫いた。


 ……クソ。

 改造バイクを止めるのとは、わけが違う。


 ――ドグシャ。


 地面に叩きつけられたのと、車が電柱に激突したのは、ほぼ同時だった。


「へ……へへ……勢いは、殺せた……か……」


 肺に肋骨が刺さっている感覚。

 左腕と左脚は完全にやっている。

 首も、後から痛みが来るだろう。


「……おらっ!」


 揺れる視界のまま助手席の女性を引きずり出す。

 軽い。

 そのまま運転席の男にも手を伸ばし、路肩へ移動させた。


 悪いな。

 起きたら、ちょっと痛いかもしれねぇ。

 見舞いの時、謝るから許してくれよ。


 ガードレールに二人を寄りかからせたところで、男がうわ言のように呟いた。


「……マ、マリナ……レイジ……」


 その一言で察した。

 後部座席だ。


 集まり始めた野次馬たちへ視線を送る。

 すぐに一人の男が頷いた。


「俺が絶対に助ける、気をしっかり持て!!」


 爆音。

 ボンネットが吹き飛び、火の手が上がる。


 恐怖はなかった。

 ただ、間に合えという焦りだけが体を突き動かす。


「くそ……ロックが……!」


 助手席側から回り込み、後部座席の少年を引きずり出す。

 小学生くらい。

 意識はない。


 連れ出すには一人がやっとか――!


 背負って戻り、野次馬に託す。

 そのまま再び車内へ。


 セーラー服姿の少女に手を伸ばした、その瞬間――炎が一気に広がった。


「はええよ!」


 抱きかかえ、車を背に走る。


 直後、耳を裂く爆音。

 吹き飛んだドアが、背中に突き刺さった。


「あ……」


 これは――死ぬかもしれない。


 まだ亜理栖アリス姫星キラリの魂を見つけていない。

 ここで終わるわけには――。


 急速に意識が遠のく。

 足はもう動かない。


 それでも、腕に抱いた少女だけは離さなかった。


 二度目の爆発が起きる前に、強く抱きしめる。


 ――ここで守れないなら、男じゃねぇ。


 ここで守る覚悟ができないようなら、死んだ爺ちゃん婆ちゃん、亜理栖、姫星に顔向けできねぇ。


 炎と衝撃の中で、黒上凛太郎は命を落とした。


 享年、四十三歳。


 ◇


「……はっ」


 意識が浮上する。

 なんか夢を見ていた気がする。

 長い坂道を必死に駆けあがったような。


 あれはいったいどこだったか。


「……い、生きてる」

 

 白い天井。

 蛍光灯。


 病院だ。


「当たり前じゃ、生きてもらわんと我が困るんじゃが」

 

 声のした方を見る。


 二十代前半の女。

 腰まで届く金髪。

 青い瞳。

 北欧の神話から抜け出したような顔立ち。


 ベッドシーツ一枚を纏った姿は、冗談のように現実離れしていた。


「あんたが……助けてくれたのか……」


「動くと、血だけでなく内臓も出るぞ?」


 顔立ちは俺の奥さんの亜理栖アリスほどじゃねえが、一般的にはとてつもない美人だ。

 神々しいとまで言える。


「いや、ちゃんと礼させてくれ。

 命を助けてくれてありがとう」


 焼け付くような痛みを無視し、ベッドの上で正座する。

 深く、頭を下げた。


「顔はフェンリルの如く凶悪じゃが、礼は通す。さすが我の主殿じゃ」


「あ? 主殿?」


「順を追って話してやりたいんじゃが、どうにもこの館、胡散臭くてのう。

 我が来ただけで、ほら、足音が……ひたひた、とな」


 言われたとおりに耳を澄ますと、小さな子供が歩いているような……大人のようにも聞こえるし、一人か大勢かすら分からない。


 ただ不気味なことは確かだ。

 ハッと時計を見ると、深夜二時を指していた。


「自己紹介がてら、ここを出るのはどうじゃろうか。

 寝てればとって食われるだけじゃ、主殿のように純度の高い魂はセーフリームニルなぞよりも、さぞ旨そうに見えるだろう」


「セーフ……な、なんだって野球か?

 おい待てよ、せめて名前くらい分からねえと……俺は、黒上凛太朗だ」


 言われるまま革靴を履き、ハンガーにかけてあった愛用の革ジャンを羽織る。


「先に名乗るやつは好感が持てるのう。

 我はエイル――エイル=ヴァルキリー=ナインじゃ」


「……ヴァルキリー?

 ああ……確か千葉とかで名を上げてる族だったか」


「誰がか、我は誇り高き戦乙女ヴァルキリーじゃ! ほら、さっさとせんか!」


 現実離れした容姿と口調。

 ――なるほど、分かったぞ!


 俺ってこういう時、完璧に冴えてるな!

 亜理栖もこういう知的なところが、惚れるっていつも言ってくれてたぜ。


「俺もついに、イマジナリーフレンド空想のお友達が見えるようになったわけだ!」



【あとがき】=============

 カクヨムコンテスト11の公募作品(~2026年2月2日(月)午前11:59迄)です。


 もし「好きな方向性!」「気になるかも!」という方は、【★で称える】【+フォロー】でサポートいただけると、とっても嬉しいです!


 気力の高まりにより、さらに作品の魅力をお届けしてまいりますので、お力添えのほど、なにとぞ、よろしくお願いいたしますー!

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2025年12月28日 18:17
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2025年12月30日 18:17

『ヤンキーはクビです』組織を追放されたアラフォー。退魔会社を起業したらヴァルキリーに憑りつかれて、さらに最強退魔師に成り上がる。~元部隊が帰って来いって? いまさら言われてももう遅い~ ひなのねね🌸カクヨムコン11執筆中 @takasekowane

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