第9話
3. 種火の行く先
放たれたのは、ただの火球ではない。
それは、重力を伴う「質量」の塊だった。
巨人が、本能的な恐怖に顔を歪める。巨躯を武器に変えて殴りかかるが、その腕が青白い球体に触れた瞬間、抵抗すら許されずに「消滅」した。
溶けるのではない。
圧倒的な熱エネルギーの流入により、構成原子がプラズマ化し、無へと還元されたのだ。
接触。
次の瞬間、迷宮が白銀の光に包まれた。
「――――ッ!!!」
セレスティアは、目を開けていられなかった。
耳を劈く爆音などない。ただ、全身を焼き焦がすような、魂を震わせるような圧倒的な『生命の鼓動』が、迷宮の冷気を一掃した。
光が収まった時。
そこには、跡形もなく消えた巨人の姿と――。
そして、地下迷宮の天井を貫き、地上の空まで通じている、溶融した巨大な「縦穴」が残されていた。
夜空から月光が差し込み、キラキラと輝く結晶の砂を照らす。
イグニスは、煤一つ付いていない手で、空から舞い落ちてきた一枚の紙片を掴んだ。
『やりすぎじゃ、馬鹿弟子め! おかげでわしの昼寝が台無しじゃ。……まあ、少しは熱くなったようじゃのう。その調子で、世界の嘘を全部焼き尽くしてくるがよい。わしは、暖かい布団で待っておるぞ』
アストラルからの、魔法的なメッセージだった。
イグニスは苦笑し、その手紙を指先から発した微かな熱で灰にした。
「……相変わらず、勝手な師匠だ」
背後で、ようやく我に返った生徒たちが、戦慄と崇拝の混じった眼差しで彼を見つめている。
セレスティアがふらふらと歩み寄り、震える声で尋ねた。
「あなた……一体、何者なの? その魔法は、何……?」
イグニスは足を止め、月明かりの下で振り返る。
その瞳には、遥か高みにある「星」――あの不敵に笑う少女の背中だけが映っていた。
「俺か? 俺はただの、ファイアーボール使いだ」
彼はそれだけを残し、溶けた回廊を歩き去った。
習得数、1。
そのたった一つの種火が、やがて世界の全てを焼き尽くす「正義」となることを、まだ誰も知らない。
少年の指先には、今日もまた小さな、熱い火が灯っていた。
(完)
――
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《世界で一番熱い初期魔法》「ファイアーボール」しか使えないと追放された俺、実は重力で【恒星】を生成していました ~魔導学院の「不適格者」は、のじゃロリ師匠に教わった神域の業で世界の理を焼き尽くす~ いぬがみとうま @tomainugami
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