第8話

2. 運命を焼く者


 巨人が吠えた。

 絶対零度の吐息がイグニスを直撃する。触れるもの全てを分子レベルで崩壊させる死の霧。

 だが、イグニスはその中を、まるで小雨を浴びるかのように悠々と歩き続けた。


「……師匠に教わったことがある」


 イグニスの脳裏に、白銀の髪を揺らしながら不敵に笑う師匠の姿が浮かぶ。

 

『イグニスよ。お主の火は、いつ運命さだめを焼くほどに育つのかのう? 物理現象を焼くのは二流。ことわりそのものを焼いてこそ、わしの弟子じゃ』


「当時は意味が分からなかったが……。最近、ようやく少しだけ理解できてきた」


 イグニスが両手を前に出す。

 その手のひらの間に、一粒の火花が生まれた。

 それはもはや『ファイアーボール』という名称では括れない、異質のエネルギー体だった。


 黒く縁取られた、青白い輝き。

 それが生まれた瞬間、迷宮の「法則」が狂い始めた。

 巨人が周囲に展開していた『絶対零度の結界』が、悲鳴を上げるように歪み、逆流し始める。


「熱は加速だ。加速は時間を歪め、空間を削る。……お前の理不尽な冷気ごと、この場の『絶望』というシナリオを焼き払わせてもらう」


 イグニスの魔力が、その小さな球体へと吸い込まれていく。

 極限まで圧縮された熱量は、ついに特異点へと到達した。


「極点術式――『ミニマム・サン極小の太陽』」


 彼がその手を離した。

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