第5話

2. 偽りの爆炎


「焼き尽くせ! 『爆裂紅蓮獄エクスプロージョン・ヘル』!」


 ヴォルカンが叫ぶと同時に、彼を中心に巨大な魔方陣が三重に展開された。

 ブラスト家に伝わる、第五階梯の広域爆炎魔法。アリーナの空気が一瞬で膨張し、渦巻く火炎が龍のような形を成してイグニスへと襲いかかる。


 轟音。

 視界を埋め尽くす赤と黒。

 観客席の生徒たちが悲鳴を上げ、教師たちが慌てて防護結界を強化する。


「ははは! 消えちまえ! 灰も残らな――」


 ヴォルカンの勝ち誇った叫びは、途中で凍りついた。


 炎の渦の中に、影があった。

 それは逃げるでもなく、防ぐでもなく、ただそこに立っていた。

 

 驚くべきことに、ヴォルカンが放った膨大な火炎エネルギーが、イグニスの周囲で「捻じ曲がって」いたのだ。まるで、そこに見えない「穴」が開いているかのように、全ての爆炎がイグニスの手元にある一点へと吸い込まれ、霧散していく。


「な、なんだ……!? 俺の魔法を、吸収しているのか!?」


「吸収? ……いや、違うな」


 炎の残滓の中から、イグニスの淡々とした声が響く。

 彼は一歩、また一歩と、地獄のような熱風の中を平然と歩いてくる。その服に焦げ跡一つない。


「お前の魔法は、ただの『現象』だ。燃料を使い、空気を奪い、派手な音を立てる。だが、そこには『芯』がない。ただ広がるだけのエネルギーは、高密度の熱の前では、川に流される塵と同じだ」


 イグニスは、右手をゆっくりと持ち上げた。

 その指先。人差し指と親指が、パチンと弾く準備を整える。


「お前は教わらなかったか? 熱とは、究極的には『加速』だ。分子を、原子を、あるいは空間そのものを、どれだけ限界まで回せるか。それを突き詰めれば、火はただの火ではなくなる」


 イグニスの指先に、小さな、本当に小さな「光」が灯った。

 それは赤くもなければ、黄色くもない。

 あまりに純粋な、透明に近い『白』。


「見せてやる。これが――第一階梯魔法だ」

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