第4話:静寂の熱死

1. 氷結令嬢の疑念


 王立魔導学院の訓練場は、熱狂に包まれていた。

 今日は新入生にとって最初の関門、模擬戦による実力評価の日だ。


 観客席の最前列で、セレスティア・フォン・ヴァイスハイトは不機嫌そうに銀髪を弄んでいた。公爵令嬢であり、次代の『氷結の聖女』と目される彼女にとって、この時間は退屈以外の何物でもない。

 だが、彼女の視線はある一点に釘付けになっていた。


「……あんな男が、本当に『推薦枠』なの?」


 視線の先にいるのは、イグニス。

 適性検査で「習得魔法数:1」という前代未聞の不名誉な記録を打ち立てた男だ。彼は相変わらず杖すら持たず、借り物のような黒い外套で、無造作にアリーナの中央へ歩を進めていた。


 対するは、名門ブラスト家の嫡男、ヴォルカン。

 彼は豪奢な装飾が施された短杖を掲げ、口の端を吊り上げている。


「おい、欠陥品。今のうちに棄権を申し出たらどうだ? 相手が悪すぎる。俺の火は、お前の幼児魔法のようにマシュマロを焼くためのものじゃないんだぞ」


 ヴォルカンの言葉に、周囲の生徒たちから下卑た笑いが漏れる。

 だが、イグニスは反応しない。ただ、温度のない瞳でヴォルカンを見据え、一言だけ返した。


「……お前の火は、ぬるいな。師匠の家の竈の方が、よっぽど熱がある」


「――っ、この、落ちこぼれがぁ!」


 ヴォルカンの顔が怒りで赤黒く染まる。

 審判を務める教師が右手を挙げた。


「両者、構え! ……始め!」

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