第3話

3. 王立魔導学院


 王立魔導学院。

 そこは、血統と習得魔法の数が全てを決める、偏見の結晶のような場所だった。


 入学式。並び立つ新入生たちは皆、豪華な刺繍の施された魔導衣を纏い、自慢の杖や魔導書を手にしている。


 その中で、イグニスは異質だった。

 師匠が用意した、簡素な黒い外套に、杖すら持たない手ぶらの姿。


「おい、見ろよ。あいつ、推薦枠らしいぜ」

「杖も持ってないのか? どこかの貧乏貴族の端くれか」


 ひそひそという陰口が耳に届くが、イグニスにとってはどうでもよかった。

 彼が気にしているのは、学院の豪華な校舎でも、同級生たちの魔力量でもない。


(……温いな)


 この場にいる誰からも、肌を刺すような熱を感じない。

 師匠アストラルがただ立っているだけで空間が焦げるような、あの圧倒的な圧力を知っているイグニスにとって、ここは冷え切った貯蔵庫のように感じられた。


 式典の目玉は、『適性測定』だった。

 舞台中央に置かれた巨大な魔力水晶に触れ、その者が「どれほど高度な魔法を使えるか」を可視化する儀式。


「次、ヴォルカン・フォン・ブラスト!」


 燃えるような赤髪の少年が自信満々に歩み出る。

 彼が水晶に手を触れると、眩い光と共に文字が浮かび上がった。


『魔力量:A』

『習得可能系統:炎・爆発・加速』

『習得魔法数:142』


「おおおっ!」

 会場から歓声が上がる。新入生で習得数100超えは、天才の証だ。

 ヴォルカンは勝ち誇った顔で観客席を見回し、最後に自分の後に控えていたイグニスを、汚物を見るような目で見つめた。


「おい、手ぶらの。お前の番だ。せいぜい、水晶を曇らせないように気をつけるんだな」


 肩をぶつけながら通り過ぎるヴォルカンを、イグニスは無視した。

 ただ静かに、水晶の前に立つ。


(適当に、魔力を流せばいいのか)


 イグニスは、指先を水晶に触れさせた。

 アストラルに叩き込まれた通り、魔力を一点に集中させる。

 だが、彼は忘れていた。

 彼が「適当」だと思っている密度は、一般の魔導師にとっての「極限」を遥かに超えていることを。


 ――ビキッ。


 水晶の奥底で、何かが悲鳴を上げた。

 やがて、測定結果が空中に投影される。


『魔力量:測定不能・エラー』

『習得魔法:ファイアーボール』

『習得魔法数:1』


 一瞬の静寂。

 その後、会場を揺るがすような大爆笑が沸き起こった。


「は、はははは! 1だってよ! たったの1だ!」

「しかもファイアーボール!? 幼児が最初に覚える、あの火遊びかよ!」

「測定不能って、魔力が少なすぎて計測できなかったんだろ。傑作だな。あんなのが推薦枠かよ!」


 ヴォルカンが腹を抱えて笑い、他の生徒たちも追従するように罵声を浴びせる。

 教壇に立つ教師たちさえも、失望の色を隠そうともせずに首を振った。


 だが、イグニスは動じなかった。

 彼はただ、自分の指先を見つめていた。


(……習得数、1。そうか、俺には……やっぱりこれしかないんだな)


 再確認できたことに、むしろ満足感すら覚えていた。

 笑いたい奴には、笑わせておけばいい。

 彼らにとっての魔法は、数を競う「飾り」かもしれない。

 だが、イグニスにとっての魔法は、世界を焼き、運命を変えるための「唯一の真理」なのだ。


(師匠。あんたが言った通り、ここは寒すぎますよ)


 イグニスは、嘲笑の渦を平然と歩き抜ける。

 その背中を、一人の少女が戦慄の表情で見つめていることにも気づかずに。

 氷結令嬢、セレスティア。

 彼女だけは見ていた。

 イグニスが触れた瞬間、最高強度の魔導水晶に、熱膨張による「亀裂」が走っていたことを。


 灰の中から生まれた種火が、学院という油田に投げ込まれた。

 それが大火災に変わるまで、あとわずか。

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