会いたかった

山奥の静寂に包まれた小屋に戻っても、カイルの脳裏にはあの茶髪の少女――コハルの面影がこびりついて離れなかった。


「……あいつ、ちゃんと笑えてるかな」


無意識にそんな独り言をこぼしては、自分の頬が熱くなるのを感じる。薪を割る斧を振り下ろすたびに、鋭い衝撃とともに彼女の必死な「ありがとうございました!」という声が蘇る。獲物を追って森を駆けていても、ふとした瞬間に彼女の小動物のような愛らしい仕草を思い出し、集中が途切れてしまう。


街へ行きたい。もう一度、彼女に会いたい。 だが、山での生活は厳しい。冬に備えた薪作りや、日々の糧を得るための狩りは、生きるために欠かせないルーティンだ。カイルは夜、ランプの灯りの下で「どうすれば不自然じゃなく街へ抜け出せるか」と、慣れない作戦会議を一人で繰り返していた。


そんなある日のことだ。夕食のスープをすすっていたゼノスが、不意に顔を上げて言った。


「カイル、近々街で開かれる『スプラウト・フェスタ』に出てみないか?若い芽を育てるための祭りでな、お前と同じくらいの年頃の連中と模擬戦ができる。お前の植物魔法を試すには絶好の機会だ」

「スプラウト・フェスタ……」


カイルはその言葉を頭の中で反芻した。

模擬戦も、強敵との出会いも、普段の彼なら興味を惹かれる要素だ。だが、今の彼にとって最大の「報酬」はそこではなかった。その会場は、コハルの雑貨屋から目と鼻の先にあるのだ。


「行く。俺、出るよ」


食い気味に答えたカイルの勢いに、ゼノスは少し驚いたように眉を上げた。カイルは平静を装いながらも、心臓がトクトクと期待に跳ねるのを感じていた。戦うためじゃない。ただ、もう一度あの愛らしい姿を、今度はもっと近くで見たい。


少年の純粋な動機を乗せて、運命の歯車が再び回り始めた。


スプラウト・フェスタの会場は、カイルにとって、これまでにない刺激に満ちた遊び場だった。 飛び交う色とりどりの魔法、練り上げられた剣筋、そして同年代のライバルたちが放つ剥き出しの闘志。容易くねじ伏せられる相手もいれば、野性の直感が「油断するな」と告げるような強敵もいる。カイルは戦いの中で、自分の血が沸騰するような高揚感を楽しんでいた。


順調に勝ち進み、いよいよ準決勝。

対峙する相手は、重厚な魔力を纏った隙のない少年だった。カイルが精神を研ぎ澄ませ、植物魔法の発動に意識を向けた、その時だ。


「――がんばれーっ!」


喧騒を突き抜けて、ひとつの声が鼓膜を揺らした。 鈴を転がしたような、透き通った響き。一瞬で、カイルの脳裏にあの茶髪の少女の顔がフラッシュバックする。


「コハル……!?」


反射的に声のした方を探してしまった。戦闘中にあるまじき致命的な隙。

「よそ見か!」という相手の鋭い踏み込みに、反応が一歩遅れる。カイルはあっけなく体勢を崩され、そのまま場外へと弾き飛ばされてしまった。


審判の終了合図が響く。だが、カイルの胸に湧き上がったのは、負けた悔しさではなかった。 (今の声、絶対にそうだ。あいつが、ここにいるのか?)


心臓が模擬戦の最中よりも激しく脈打つ。 カイルは砂埃を払う間も惜しみ、周囲の視線も構わずに模擬戦エリアから駆け出した。

「会えるかもしれない」という期待が、足の回転をさらに速める。


何百人といる観客の波。色とりどりの服、騒ぎ立てる人々。その中を、野生の獣のような鋭い眼差しで必死に探していく。


そして、見つけた。


人混みの隙間、溢れる日差しの中に、一生懸命に手を叩きながら、会場を見つめるあの茶髪の少女を。 世界が静止したような感覚の中で、カイルの瞳には彼女の姿だけが鮮明に映し出されていた。

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